夜の山岳地帯、これと言った目標も無いのにピタリと降下地点に到着し、複雑な気流の中で梢ぎりぎりの高度で艦体をしっかり安定させて空中停止させている。

 退役間際の爺さん艦長だが、中々いい腕してるじゃねぇか。

 爆弾倉に残る航空軍の兵士に敬礼を残し、俺も降下索を掴んで足を踏み出す。

 急に重力を感じなくなり、強烈な風が俺を突き上げる。キンタマが緊張で体の中に引っ込む。

 分厚い革手袋をしていても綱から発する摩擦熱が俺の掌を焼く。

 時々襲って来る横風に飛ばされなない様に綱に脚を絡めるが、肝心な綱が中々捕まらない。尻尾で綱を確保できるバチャンの奴等が羨ましいぜ。

 木の枝を何本かへし折り、無数の木の葉を吹っ飛ばし地面に急速接近。

 強烈な衝撃が足の裏から骨盤、背骨、脳天まで駆け抜け、着地したことが解る。

 膝や腰のばねで衝撃を吸収し地面に立つと降下索を手放し、すぐさま手近な木の幹に姿を隠しつつ、前方の闇に二十式 将校銃マシンピストルの銃口を向ける。

 しばらくするとリ・ウォンが俺の元に駆け寄り大声で。


「全員の無事降下を確認!」


 それを受け、身振りで無線手を呼ぶと、背中に中距離携行無線機を背負ったバチャン族の軍曹が尾っぽフリフリ近づいてくる。

 受話器を受け取り司令部を呼び出す。


「ビャッコマルイチ、ビャッコマルイチ、こちらオオカミマルイチ、送れ」


 受けた司令部が感度良好で応じると。


「全オオカミ、無事降下完了、これより第一地点まで前進、同地点で〇五〇〇まで待機し以降再び行動を開始する。以上」

『了解した。武運を、以上』


 受話器を無線手に返し、図嚢から懐中電灯を取り出すと点灯させ滞空する『流星』向け降下完了の合図を送る。

 四発ある発動機の内二基を逆回転させ、全幅百 メートルもの巨大な翼型艦体を静止させていた『流星』は、すべての機関を順転させ推進力を得て俺たちの頭の上から飛び去る。

 降ろすもん降ろしゃ長居はご無用。いくら砲や機銃で武装し、軍艦並みの装甲で鎧ってても、至近距離から砲弾を叩き込まれちゃ敵わない。でかい分だけ良い的だ。

 辺りに静寂が戻り、暗闇に目が慣れてくると懐中電灯を赤い光に変えて方位磁石を地図を取り出し、現在地と進行方向を確認する。

 緩やかに西南西に向かっ伸びる尾根筋の上に俺たちはいる。ここからまっすぐ尾根を伝って下れば第一地点と呼んでいる二つの川の合流地まで下ることができる。

 所要時間一時間半ってところか?現時刻は二四○○、三時間半は休憩できるな。

 辺りを見回し、各小隊長が俺を注視しているのを確認したあと、全員に命じる。


「では中隊殺し屋諸君!オバケ歩きで前進」


 百九十七名がゆっくりと、落ち葉や小枝を踏みしめる音もなく、まさに幽霊の様に暗い森の闇に消え失せてゆく。

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