第31話 6-3

 あの感じなら成功間違いなし。

 手応えのあった私は、“私”に事の次第を知らせたあと、悠々たる気分で元いた時空に戻った。到着したら、すでに新しい未来が開けているかも、なんて期待に胸を膨らませながら。

 ところが。

 何も変わっていなかった。私は平凡なOLのままだ。

 それはまだ我慢できるとして、どうして彼氏ができていないの? さっき、というかあのとき助けたことで、春山さんは私に感謝し、程なくして付き合うようになるんじゃないの?

 私は携帯電話の履歴を見た。春山さんとの通話記録はない。まさかねと頭では否定しつつも、電話帳機能を開く。

 ……何で。何で、「春山重光」の登録がないの?

 そりゃあ、助けたときには、流石に電話番号を聞くなんて図々しい真似はできなくて、(滞在時間の制限もあるから)そのまま別れたけれど、あのあと、あの時代の私は偶然を装い、春山さんと再会。そこから恋愛へと発展するはずなのに!

 携帯電話の番号すら聞き出せないほど、私は奥手じゃない。ということは、つまり……要するに……少なくとも恋愛対象としては見なされなかったのね。ひょっとしたら、付き合いを始めたものの、すぐに別れたって可能性もゼロじゃないけれど、だとしたら、今ここにいる私にその記憶が生まれていていい気がする。これはやっぱり、前者が正解なんだと認めなくちゃ。

 でも。

 私は立ち直りに務めた。チャンスはまだ二回残っている。次をどうするか、考えた方がよほど前向き。過去に向かうのにも、前向きにならなければいけない。

 まず、失敗の原因を考えてみる。相手が悪かったのか、それとも助けるタイミングが悪かったのか。

 諦めるには、春山さんはかなり惜しい逸材。実際に会って、話してみて、好感度が上がったというのもある。別の男性に狙いを移すのは、まだ早い。それに、今改めて思うと、助けるのが早すぎたんじゃない? もっと、間一髪のところを突き飛ばす。そうすることで、春山さんは自分の命が危なかったと本当に心から実感するだろうし、私への感謝も段違いに大きくなるはずよ。“一度目にスキップした私”と鉢合わせしないよう、あのときの私よりも早い時点に飛び、春山さんと会い、そこから事故に遭う寸前まで持って行くようにしなくちゃいけないだろうけど、何とかなる。何とかしてみせる。

 別の男に狙いを変更するのは、三回目のときでいい。二回目のチャンスは、春山さんに行使することに賭けてみる。

 決意すると、私は練習しようと思った。

 人をぎりぎりのタイミングで、安全に突き飛ばす練習。


 およそ一年後――Sカードを使ったんじゃなくて、実際に時間が経過した一年後、私はうきうきしつつ、新幹線のシートに収まっていた。ちょっぴり、緊張もしていたが、それを遥かに上回る喜びが身体一杯に満ちている。これから、春山さんの母方の祖父母に会いに、中国地方へ行くところ。婚約の報告のためだ。

 ただ、隣は空席。一人旅の格好になったのは、ひとえに春山さんが忙しいせい。今回も、中国地方で開かれる学会に出るため、そのついでに祖父母に報告しに行く話がまとまった。都合で一緒には来られなかったけれども、駅に彼が迎えに来てくれる段取りになっている。到着時刻ぴったりという訳にはいかないだろうから、近くのレストランか喫茶店ででも時間を潰しておいてほしいと頼まれている。

 落ち着いた色合いのスーツを見下ろし、私は乱れがないかをチェックした。その最後に、ポケットの上から手を当てる。中には、Sカードが入っている。

 二回目のチャンスで、春山さんと親密になり、こうして婚約にまでこぎ着けることに成功した私は、残り一回分を使わずにいた。最後の特別な能力は、将来、ここぞっていうときを見極めて使う。そう決めている。

 Sカードを拾った幸運に、今さらながら改めて感謝していると、携帯電話の着信音が小さく聞こえた。私のだ。取り出してディスプレイを見ると、春山さんから。

 席を立ちながら電話に出る。デッキはすぐそこ。

「重光さん? 今新幹線の中よ。なあに?」

「悪い。予定が少し変わった。一つ先のH駅まで乗ってもらえるかい?」

 H駅なら、私も以前、行ったことがある。きれいな駅だった。

「ええ、かまわないわ。でも、迎えに来てくれるっていうのは……」

「大丈夫だ。H駅で待っているから」

「ということは、あなたの方が先に着く?」

「ああ。そっちの新幹線は、十一時五十五分に着くはずだ」

「分かったわ」

「ほんと、すまない。こうなると分かっていたら、もっと都合のいいのがあったろうに」

「しょうがないわよ。あ、車掌さんが来るみたいだから、もうここで変えておくわね。じゃあ、H駅で」

「うん。頼む」

 通話を終える頃には、車掌が私の背後を通り過ぎそうになっていた。やや急ぎ気味に、呼び止める。ポケットに手を入れ、中にある切符を取り出そうとしながら、用件を伝えようとする。半ば無意識に、H駅の全景を脳裏に描いていた。

「あっ、すみません。行き先、変更します、切符――」

 切符だけを取り出したつもりが、ポケットからはそれ以外の何かも一緒に出て、私の足下にひらりと落ちた。


           *           *


<次のニュースです。H駅の新幹線プラットフォームで人身事故が発生し、死者が出ました。亡くなった方の身元は現在確認中とのことですが、都内在住の三十代の女性と見られます。本日午前十時四十分頃、女性がプラットフォームから転落し、通過したのぞみ号に折悪しくはねられたものとされていますが、正確なところはまだ分かっておりません。プラットフォームにいた目撃者の話によると、女性は突然、宙に現れ出たように見えたという証言が複数上がっており、プラットフォーム以外の場所から転落した可能性も含め、調査が進められています。

 CMのあとはお天気、そしてスポーツ>


           *           *




 アッスミマセンイキサキヘンコウシマすきっぷ




――エピソードの6、終わり


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