第22話 4-5

 どうやっておばあちゃんの言葉をおじいちゃんに伝えるか、少し考えてビデオメッセージの形にしてもらうことに決めた。Sカードを使ったタイムトラベルって、他の人を連れて行くのは無理でも、物の持ち込みは自由みたいだから。

 メッセージはもちろんおばあちゃんが自分の言葉で語る。でも、いつの時代のおじいちゃんに渡すかは私に任せてくれるように強く言って、了解してもらった。

 録画する前、おめかしするおばあちゃんを手伝いながら、私は言った。

「元気な頃のおじいちゃんに、おばあちゃんがメッセージを渡しても、全然ぴんと来ないと思うんだ。だって、その時代のおじいちゃんとおばあちゃん、普通に仲よく過ごしているんでしょ?」

「言われてみればそうね。私がメッセージを送っても、脈絡がないから気味悪がられるかも」

「でしょ。だからやっぱり……亡くなるほんの少し手前の時点に届けるのがいいと思う」

「あのときは急だったから、満足に看取ることすらできなかったものね」

 おばあちゃんを合点が行ったようだ。これで決まりねと思い、私は立とうとした。でも中腰の姿勢でストップモーションを掛けられることに。

「一つだけ心配なことがあるわ」

「何よ、おばあちゃん」

「私の言葉を聞いた旦那――彬光あきみつさんが元気づけられて、ぽっくり逝くことなく、生き続けたりして」

「なあんだ。心配することじゃないよ。もしそうなったら、それこそ運命だと思っていればいいじゃない」

 おばあちゃんは顎先に人差し指を当て、ちょっとの間考える仕種を見せた。そうして次に口を開いたとき、おばあちゃんはキュートな顔つきになっていた。

「そうしようかしら」


 あとは五年前のおじいちゃんに会いに行って、録画したおばあちゃんの映像と声を見てもらうだけ。そう思って、おじいちゃんとの再会には哀しみがぶり返してくるかなあと覚悟しつつも、意気揚々と“スキップ”したんだけど。

 当時に到着したあとになって、肝心なことを忘れていたと気付いたのだ。

 五年前って、私まだ小学生だったのをすっかり失念していたのだから、間が抜けている。今の姿では、家族と一緒にお見舞いに行くのは無理。時間をずらして、家族の来ていないときにお見舞いに行くこと自体は多分できるだろうけれど、“今日”はおじいちゃんが亡くなる前日だ。記憶では午前中に一度来て、容態が安定しているばかりか、久しぶりに意識明瞭で会話もある程度できたんだっけ。それで安心して昼過ぎに一度帰った。

 そうして夕方、いや、おばあちゃんを食卓から部屋に連れて行ってあげたあとだったから、夕食をほとんど済ませたタイミングだったかな。病院から急変したと連絡が入って、取るものも取りあえず駆け付けた。そのまま日付が変わった頃、亡くなったんだったわ。

 今、午前十一時過ぎ。家族と一緒に病院に入るんだと思い込んでいたため、スキップした先は病院に隣接する薬局のすぐ近く。こんなことなら、最初からおじいちゃんの病室にスキップしていればよかった。おばあちゃんのメッセージをすぐに見せることができたのに。

 自己嫌悪に陥ったけれども、どうにか払拭。善後策を練る。

 一番確実な方法は、今回はあきらめて現代に戻り、改めておじいちゃんの病室に跳ぶ。これなんだけど、最後のスキップを使うのは文字通りの最終手段にしておきたいな。

 となると、このまま家族が帰るのを待って、昼の十二時半ぐらいにお見舞いに行ってみようか。おばあちゃんがどれくらいの長さ、録画したのかはおばあちゃん任せだったから、正確には知らない。でもおばあちゃんのメッセージ収録を待っていた時間から推測して、一時間を超えることはない。つまり、十二時半から映像をおじいちゃんに見せ始めたとして、十三時半までには終わる。滞在時間の上限、三時間は午後二時までだから大丈夫。三十分の余裕があれば多少のハプニングにも対処できるに違いない。

 よし、このプランで切り抜けようと心に決める。十二時半までにはまだまだあるので、とりあえず映像のチェックをさせてもらおうっと。全部見なくても映像の長さがどのくらいか、表示させることができるはずだし。

 病院の駐車場が見える位置まで移動し、木陰に入って、持って来たハンディカメラを操作する。かなり新しい型式で、多機能だが使い易いのが売り。

 が――動かない。

「何でっ?」

 思わず叫び気味に呟いた。電源は入る。だが、ボタンを押してもどれも反応してくれない。接触不良ではなさそう。念のためにと取扱説明書を持って来ていたので、巻末の「こんなときは」のページを開いてみた。けれども、該当するFAQは見付からない。電源だけ入って、すべてのボタンが効かないなんてあり得ない症状らしい。もっと根本的な故障なのだろうか? それにしても何たってこんな大事なときに? いらいらする。

 取説をぱらぱらとせわしなくめくると、保証書が目に付いた。修理してもらう時間はあるだろうか。お店まで行くのにお金は足りるだろうか。そんなことまで考え出したんだけど、保証書に書き込んである日付を見て、あ!となった。だめだ、五年後の日にちになっている!

 途方に暮れると同時に、別のことが頭に浮かんだ。

 このビデオカメラが動かないのは、もしかしてこの時代には存在しない機種だから? だとしたら仮にお店に持ち込んで修理を頼んでも、断られるかな。いやそれより、悪くすると産業スパイを疑われたりして? だって五年前だとちょうど開発中で、メーカーの社外秘扱いの可能性がきっとある。危ない橋は渡れない。三時間以内に戻れなかったら終わってしまうんだから。

 データはチップに記録されているはずだから、取り出すことはできる。なら別の機種を購入して、チップを差し込み再生すれば行けるかも。いざとなったら、機械はこの時代に置きっ放しにしてもいい。それでも三時間でできるのか確信が持てない。

 そういえば、この時代に存在しない機種は使えないという仮説が当たっているとしたら、私が使っているスマホもだめかも。慌てて取り出し、見てみる。

 ――やっぱり。電源だけ入っていて、あとはどこをどう触っても沈黙している。これが使えないのはいよいよピンチだ。電子マネーが使えない上、ネット検索もできない。情報を得る手段がないと間に合わないのは容易に想像が付いた。

 誰かからスマホを借りる? いっそ、手近な家電のお店に行って、詳しそうな人に大まかな事情を話し、協力してもらうという選択も。

 考えてばかりじゃだめだ。何が最善策か見えてこないけれども、何か行動を起こさなければとテンパって、身体の方はちっとも動いてない。ここは落ち着くためにまず……タイムリミットを忘れないようにしなくちゃ。最悪なのは戻れないこと。私は袖まくりをしてキャラクターウォッチをいじり、アラームを13:55にセットした。これが限度。


 続く

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