第15話 3-4

「鍵、渡しておけばよかったな」

「もう過ぎたことだからいいよ。それよりもガーくんは行き先決めた? 時間を掛けて決めたいのは分かるけど」

「うーん、一応考えてはいるんだ。たとえば、“主我吾”と名付けられることのないよう、親に干渉しようかなとか」

「えー、だめだよ、そんなの」

 おっとこれは意外な反応。主我吾という名前を気に入っていないのは、弟も言っていたことなのに。

「もったいない。名前は法律で変更できる可能性あるんだから。それに名前が変わったら、カードが無効になる危険があるんじゃない?」

 あ、そういう理屈か。分かった。

「じゃあ、母さんと父さんが離婚するのを食い止めるとかもやらない方がいいか」

「え? うーん……どうなんだろう。仮にそれがうまく行ったとしたら、僕らは小さなときから一緒に暮らしてることになって、今とは多少違う人生を歩んでるね、きっと」

「ああ。今、僕達がしているような兄弟の遊びも、もっと早くに消化して、高校生になる頃には口も聞かなくなってるかも」

「えー、それはやだなあ」

「その分、彼女が早くできる可能性も増えるんじゃないか」

「そこはメリットだね……あ、でもそれ以前に、僕が今の高校に通っていない可能性、高くなるかな?」

 シュウの声が緊迫感を帯びている。

「だろうな。父親の家で暮らすことになるはずだから、僕と同じ高校になるんじゃないかな、多分。それって何か都合が悪いんだっけ?」

「都合が悪いよ。このSカードが手に入らないかもしれないじゃないか」

「――あっ」

 我ながら間が抜けていたと反省する。シュウが今の高校に通わないとしたら、Sカードをくれたおばあさんとシュウとが巡り会うチャンスが限りなくゼロに近付く。

「分かった。これもなし。……やっぱここはシンプルに、大金を得ることにしておくのがいいのかねえ」

「お金を稼ぐのはいいとしても、犯罪はだめだよ」

「分かってるって。当たりのナンバーを知った上で数字選択式くじを親に購入させるのだって、犯罪まがいだろうけどな」

 Sカードの性能なら、銀行の金庫室にでも飛んで、持てるだけ札束を持ってからRスキップすれば、完全犯罪が成立しそうだ。ただ、僕も弟も特定の銀行の金庫室を具体的に思い描けないから、時空旅行そのものに失敗する確率が高そうだ。

「有意義とは違うけど、このカードでしかできないことを楽しむってのもありだと思うよ」

 僕がまだ悩んでいると、弟は現在時刻をスマホで確かめてからそう言った。

「亡くなった有名人に会いに行くとかさ」

「いいね。その人のサインをもらって、ネットオークションに出品するかな」

 冗談交じりに応答する。実際にやるには、何年の何時何分どこにどんな有名人(物故者に限る)がいたのかを把握しなくちゃいけないのは当然として、そこに僕がいきなり現れてすぐにつまみ出されては飛んだ甲斐がないというもの。これもなかなか難しい。非常に優れた道具である一方で、実用面では厳しい部分が多々あるな、Sカード。事前調査が大変過ぎる。

「欲望を満たすために使うとしたら、金と名誉と食欲、あと性欲か」

 周りの客は気にしてないだろうと分かっていながら、気恥ずかしさが勝って囁き声になった。食べ終わったことだし、そろそろ出るべきと判断して、腰を上げた。


 お金をかけずにおしゃべりのできる適当な場所が見付からなかったので、公園に入った。さほど大きくはない市民公園だけど、昼もだいぶ過ぎて、利用者は減りつつある頃合いだった。

 空いているベンチを見付けて座る。三人分のスペースがあるので、真ん中を空けた。

「どうしよう……自分も早くSカードを体験したいんだが」

「人生の大事なときまで取っておくのも、ありっちゃありかもね」

「大事なときか……大学受験とか。第一志望の試験で失敗しても、過去に戻って自分自身に問題を教えてやればいい訳だな」

「そうそう。もしくは……大切な人が事故か事件で瀕死の状態になったら、過去に戻って助けるとか」

「そういうのは起こらない方がいいけど、万が一ってあるしな」

 僕が同調したのへ、シュウの奴、急に笑い出した。

「どうしたんだよ」

「いや、何だかなあって思って。ほら、よくあるじゃない。“もし一億円もらったら何に使う?”っていう仮の質問。

「ああ」

「それに対して“貯金”と答えるみたいな。将来のピンチに備えてSカードを取っておこうというのと似てない?」

「言いたいニュアンスは分かる。参ったな。いざってときのために取っておきたい気持ちはあるけど、僕自身が試さない限り、一つの名前で二人分使えるのか分からない……ジレンマだ。使えたとしたって、上限が一人三回ずつなのかは不明のままみたいだし」

 僕は弟の方を向き、その目をまっすぐに見据えた。笑み混じりに問い掛ける。

「仮に二人で三回しか使えないとなった場合、僕がこれから試すと残りは一回。その一回はどちらが使う?」

「え……っと」

 想定していなかったのか、しばらく唖然としたシュウは、「考えてなかった」とぽつりと述べた。

「カードをもらったのは自分だから自分が使う!って主張しないのか」

「したいけど、公平さを欠くことはなるべくしたくないっていうか」

「ご立派なことで。――じゃあさ、こういうのはどうだ。どちらが最後の一回を使うかを決める方法、閃いたぜ」

「何?」

「賭けをしよう」

 僕は弟を試すために言った。

 おまえの苦手なギャンブル勝負だ。そんな条件を持ち掛けられたら、さすがのシュウも反対するに決まっている。そういう心算だったのだが。

「……いいよ」

 しばらく考える時間を取ったあと、弟は受けた。


 続く

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