2 その時までのお別れ

 昨日の内に必要な荷物は纏めておいた。

 とはいえ中には殆ど何も入っていない。

 何処かに行かなければならないという説得力を持たせる為に鞄を用意しただけで。

 あくまで必要な物をメリーに見られないようにする為で。

 本当に数点だ、必要な物なんて。

 その数点が入った鞄を手にメリーと家を出る。

 此処でお別れだ。


「えーっと……あの、改めて長い間お世話になりました」


 メリーがそう言って俺に頭を下げてくる。


「いやいや良いって。俺も楽しかったしさ……こちらこそ色々ありがとうって感じで」


 ……しかしだ。


「しかしさ、長い間っていうけど、あっという間だったよな」


「楽しい時間はすぐ過ぎるっていうしね……だから私も楽しかったよ」


 そう言って彼女は一拍空けてから、俺の目を見て言う。


「あの日声を掛けてくれたのが将吾で良かった」


「……そりゃどうも」


 結局あの日俺達が出会えたのが偶然だったのか必然だったのか。

 それは分からない。

 分からないけれど……分からないけどさ。


「俺もあの時、お前と会えて良かった」


 それだけは理解できる。

 被害者と加害者。

 歪な関係性ではあったけれど。

 全てが終わった後、メリーがどう思ってくれるのかは分からないけれど。

 俺だけは一方的にでも、それだけは間違いないんだと言える。

 言い切れる。

 それだけ……俺はあの時の出会いに感謝しているんだ。


「……うん、ありがと」


 そしてメリーはそう言って頷いてくれて。

 それから、少しだけ間を空けてから言う。


「さて。私はもう行くよ。多分さ、どこかで切り上げないと私、ずっと喋ってると思うから」


「そうだな。なんかそんな気がする」


 名残惜しいけれど、これで終わり。

 楽しい時間は全部終わり。

 後はメリーに殺されて、俺の人生は幕を閉じる。


「じゃあね、将吾……ありがとう…………さよなら」


「こちらこそありがとな。さよなら、メリー」


 数時間後にまた会おう。

 そして走り去ろうとするメリーを見送る。

 だけどすぐにメリーは立ち止まって、こちらを振り返る。

 まだ普通に、声が届く距離。


「どうした、メリー」


 俺の言葉に彼女は中々声を返さず、何かを言おうとしているのは何となく分かったが、それでも結局ただこちらを見つめていて。

 そしてやがて、言うんだ。


「……ごめん、なんでもない。じゃあね」


 そう言って。結局何を言いたかったのかも分からないまま。

 今度こそメリーはこの場から走り去っていく。


「……締まらねえ最後だな」


 まあ、そもそもこれで終わりではない訳で。

 此処からが本来の本番な訳で。

 締まる方がおかしい訳だけれど。


「……さて」


 メリーの姿が見えなくなってから、俺も踵を返して動き出す。


 ……メリーの為に。

 メリーに殺される為に。

 最後にやれる事を一つずつ終わらせる。


 そして俺は、もう帰ってくる事の無い自宅を一目見てから歩き出した。

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