リア充密室に死す

光田寿

現場の見取り図

 * *


光田寿みつだことぶき


 * *


山びこに向かって叫んでみよう~♪

 ――嘉門達夫かもんたつお『その日は朝から夜だった』


 * *


 その殺人事件は高知県は東平市ひがしだいらしの繁華街で起きた。東平署の名物警部。甲ノ浦文雄かんのうらふみお警部は一気呵成に捜査にのりだした。

「おぅ! これが現場の見取り図か!」

「はい、甲ノ浦警部。これが現場の見取り図です。どうやら平面図の様ですね」


 華唱館かしょうかん

https://twitpic.com/bhjeqo


 野根渕亮太のねぶちりょうた巡査が口を挟んだ。東平署の甲ノ浦班は騒然となっている。

「十文字型やのぉ!」

「十文字型のようです。名は華唱館。どうやら今回は館ミステリの様ですね。これは腕がなりよります」

 ミステリマニアの野根淵がヨダレをたらしながら答える。

「しっかしのぉ、館もんとなると必ず入る、あの平面図はどうにかならんのかぇ? 一体誰がおっぱじめよったんぞぃのぉ!」

「俺が一番最初に読んだのは、ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンスシリーズだったような気がしますが、起源は分かっちょりませんが」

「あんなもん見て喜ぶ読者共は、本気で推理しょう~らん証拠とちゃうがかぇ、フガフガ」

 読者を敵に回すような事を言い始めた、甲ノ浦警部の口を野根渕は慌てて抑えた。そして会議室のホワイトボードに事件の経緯や被害者を纏め始めた。

「マル害は東平繁華街の一角、ホストクラブ『龍神池りゅうじんいけ』にて、ホストをしている木下雅敏きのしたまさとし。部屋の中、一人で気が狂ったように大声を上げているところを何か分からない凶器で刺殺? された、との事です」

「うぅん、怪しいぞぉ。現場検証の前に見取り図から、なんか考えられる事はないがか!」

 甲ノ浦警部はアゴのヒゲを摩りながら答えた。十文字型のその館図は何も言おうとしない。

「マル害は十文字型のちょうど真ん中の部屋で殺されちょったちゅぅがやな。しかしおい、この部屋ドアがないぞい」

「はい、こいつがまた不思議なんでさぁ。館図の中だけでは、中央部に入るドア部分が無い、まさに完璧な密室。現場を見ないことにゃぁ、分からんのですが、不可能犯罪の形相を示してます」

 野根淵は既に鼻水も垂らしている。現実に密室殺人が起きたのだからミステリマニアにとっては、これほどたまらないという状況は無いだろう。

「完璧な密室なんぞあるかぁ! 絶対どっかに抜け穴だぁが潜んぢょるはずよい」

 警部は断言するとパトカーを現場に直行させた。


 * *


「どういう事がなだぁ、こりゃぁ!」

 野根渕の横で警部は唸った。甲ノ浦警部の目の前にあったのは、箱だったのだ。一つの真四角の箱……。そして中からは大声で誰かが唄っているのが聞こえてきた。

 そう、華唱館は歌唱かしょう館、即ちだったのだ。

「ほいたら、あの図はなんやったながで!」

 野根渕の横で警部が叫んだ。

「ど、どうやら、あの図、ようです……」

 甲ノ浦警部は野根淵の頭をひっぱ叩いた。

「なにしちょるがだなぁ、このボケカスアホンダラぁ。作者ものぉ、もっと分かりやすぅ描かんかい!」

「し、しかし警部、なぜカラオケボックスがパカッと開くのでしょう?」

「知るかだぁ!」

 そう、華唱館という名のカラオケボックスは某動画サイトの『歌ってみた』という特定の層に対し、合成樹脂を元にした紙壁というのを編み出した画期的なボックスである。

 中で気持ちよく、歌い手の方々が唄っている最中に、いきなり壁が開いて驚かす仕組みをしていたという仕掛けだ。そこで待っているのは大勢の観客。所謂ドッキリカメラの要領だ。木下はこの中で唄っている最中に殺されたらしい。となると犯人は――――いなくなる。

「よぉし、わぁったどぃ! 犯人はのぉ――」

 甲ノ浦警部は溜める。

「は、犯人は?」

 野根渕が詰め寄る。

音波砲おんぱほうよぇ! 第二次世界大戦中にドイツ軍が試作しちょった、対空兵器を知らんがか? メタンと酸素を混合しちゅった気体を燃焼室で連続的に爆発させちょっるアレよ」

 アレと言われても野根渕にはさっぱり分からない。なんだこれは?

「ほこで、生じた音波を共鳴して、増幅さいて発射しちょったら、目標航空機の搭乗員に打撃を与えようという計画やったんよぇ」

「あ、あの甲ノ浦警部……」

「まぁ、ほんな音波兵器がカラオケボックスに仕掛けられちょったとわのぉ! おぅ野根渕よぉ、このカラオケボックス作った奴読んで来い! そいつが犯人よぇ!」

 という訳で、甲ノ浦警部の活躍により事件は無事解決した。だが、警部は最後の疑問を口にした。


https://twitpic.com/bhjeqo


「このドアノブみたいなのはなんじゃい!」

「展開図部分の……あの……の様でさぁ」

 警部は、野根淵の頭をひっぱ叩いた。

「ぎゃふん」

 野根淵の断末魔が最後に響いた。


<了>

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