第14話 決戦の地へ 5
当初、異世界「炎」には異形の鬼がウヨウヨいると考えられていた。しかし実際は、異形の鬼の数はそれ程多い訳ではなかった。
だが何故だか倒しても倒しても数が減る気配もない。常に一定数を維持しているようであった。
考えられることは、ひとつ。
誰かが意図的にその数を維持しているということである。
***
ナナカの救出に成功した、その日の夜。
サクラは砦内に与えられた自室のベッドで横になっていたが、なかなか寝付くことが出来なかった。
鬼との乱戦の中で突然感じた胸の痛み。あの時は、ナナカの「恐怖」を感じ取りでもしたのだろうと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
今ならどこから伝わってくるのかハッキリ分かる。
「ライセ」
サクラは寝そべったまま声をかけた。目線は天井だけをぼんやりと眺めている。
「ん?」
ライセは壁に立てかけてある剣の横に座り込んだまま、目線をサクラの方に向けた。
「もしかして、昔のことを思い出したりした?」
「…なんで、そう思う?」
「女の勘」
「勘…かー」
ライセは「敵わないな」と観念したようにハハハと笑った。
「チラッとだけ、なんだけどな」
ライセは窓の方に顔を向けると、窓越しに見える夜空を見上げながら話し始めた。
「護ると誓った女性を、護れなかったんだ」
サクラはムクリと起き上がった。真っ直ぐにライセを見つめる。
「好き…だったの?」
心がチクリと痛い。
「分からない。でも、そうだったのかもしれないな」
窓から射し込む月明かりに照らされながら、ライセは寂しそうに微笑んだ。
サクラは急に涙が溢れそうになる。バッと寝そべると布団を頭まで被った。
「たくさん思い出せたらいいね!きっといい想い出もいっぱいあるよ」
サクラは最後に「おやすみ!」と声をかけた。話は終わりということなのだろう。
(ああ、そうだな)
ライセは窓越しに月を見上げると、ゆっくりと目を閉じた。
***
翌日、偵察に出ていたムサシが帰還した。
彼の持ち帰った情報は、「炎」遠征の根幹に関わる内容であった。
異形の鬼の親玉と思われる存在を確認した、というのだ。
幹部兵士たちは、この長かった任務に漸く終わりが見えたことに安堵すら覚えた。ムサシへの絶大な信頼が、その根底にある。
詳しい説明をしないムサシを、トリナは心配そうに見つめていた。
作戦の立案などはまた後日ということにして、ムサシは幹部組を一先ず解散させた。それから使いを出してサクラをここに呼びつける。
しばらくして、サクラが現れた。
「失礼します」
「わざわざすまないな、サクラ」
ムサシはサクラをソファーに案内すると、自分も対面に座った。
「早速で悪いが、ライセと話が出来ないか?」
「え?」
サクラは横にいるライセを見上げた。ライセは「問題ない」と頷く。
次の瞬間、ふたりはパッと入れ替わった。
「改まって、どうした?」
ライセが切り出した。
ムサシは腕を組んで少し考えたあと、決心したように言った。
「俺と手合わせして欲しい。お互い相手を殺すつもりで…」
「ムサシさま!」
ムサシの後方に控えていたトリナが、驚いたように声を上げた。
ムサシは気にせず、話を続けた。
「サクラのためになるのはもちろんだが、この俺の生存本能に喝を入れ直してやりたくてな」
「それ程の相手なのか?」
ライセは少し驚いた。ムサシの実力は充分すぎるほど理解しているからである。
「俺の本能が、何の準備もなくこれ以上接近するのは危険だと判断した」
「話は分かった。だが…」
「ああ、分かってる」
ムサシの返事を待たずして、目の前の少女の気配が入れ替わる。
「サクラ、あー…」
ムサシはどう話せばいいか悩んだ。
「いいよ」
サクラはあっけらかんと笑った。
「あ?」
逆にムサシが困惑する。
「お前、そんな簡単に…」
「ムサシさま!」
サクラはムサシの言葉を遮ると、バッと立ち上がった。
「ムサシさまも確かに強いけど、私のライセの方がもっと強いの」
言って、チラリとライセの顔を確認する。ライセは口を開けてポカンとしていた。
「ライセの実力があれば、私の身体に怪我をさせることなんて絶対にない!」
サクラは胸を張って最後まで言い切った。少し頬が紅潮している。
それに反応したのは、何故かトリナであった。
「サクラ!あなた、ムサシさまがライセに劣ると言うの?」
トリナはツカツカとサクラに詰め寄ると、腰に手を当て仁王立ちでサクラを見下ろした。
サクラは負けじとグンと背伸びした。
「だって、そうだもん!」
サクラの言葉に、トリナは「キーッ」と顔を真っ赤にした。
「ええいいわ、だったらやりましょう。一度痛い目に合えば理解出来るハズです」
トリナが高らかと宣言した。
「真面目な話をしていたんだが」
ムサシは右手で目を覆った。
「お互いの相棒の許可は得られた、ということでいいんだよな?」
***
おそらく激しい戦いになることが予想されるので、ムサシたちは砦を出て少し離れた場所に移動した。
「謝るなら今のうちよ、サクラ」
「ムサシさまを元気付ける準備をしといた方がいいよ、トリナさま」
サクラとトリナはバチバチと睨み合うと、ソッポを向いて離れて行った。
「子ども相手に大人気ないぞ、トリナ」
こちらに歩いてきたトリナに、ムサシはやれやれと溜め息をついた。
「あの子はまだまだ子どもですが、歴とした女性です。ならば、半端に誤魔化す訳にはいきません。女の意地です」
トリナは自分の気持ちに敢えて気付かないフリをしていた。相手は一国の英雄である。
しかし、そんな遠慮は無用だとサクラが教えてくれた。サクラの想い人は人間ですら無いのだ。
それに気付かせてくれたサクラには感謝しているが、勝ち負けに関しては別の話である。
「そういうもんか?」
ムサシは「分からん」と頭を掻いた。
「ま、俺は俺で愉しむとするか」
サクラと入れ替わったライセの気迫を受け、ムサシはニヤリと笑った。
ふたりの戦いは、トリナとサクラの想像を軽く超えていた。
ムサシは開始後いきなり雷撃を落とした。ライセはそれを剣で受け流すと、瞬時に地面に放電させた。
一瞬ライセの右足が煌めいたかと思うと、一歩でムサシとの間合いを詰める。そのまま目にも留まらぬ速さで数号斬り結んだ。
業を煮やし大振りになったムサシの上段を、ライセは寸前で躱しそのまま横に薙ぐ。しかし、ムサシの身体が滑るように移動していき、再び二人の間合いが開く。
ムサシの防御魔法だ。こと一対一なら、これ以上ない絶大な効果を発揮する。ライセが勝つためには、ムサシの反応を上回る速度が要求されることになる。
「サクラの期待に応えるのは、なかなか大変だな」
ライセは笑った。
「女の意地と言われたんだ。こちらも易々と負ける訳にはいかん」
ムサシも笑った。
どれくらいの時間が経っただろうか。この長い戦いに、不意に終わりが訪れた。
ふたりの体がそれぞれ魔法壁に包まれたのだ。トリナの仕業であった。
「もう充分です。ここまでにしましょう」
トリナは、パンパンと手を叩いた。
ムサシとライセは少しの間、肩で息をしながら睨み合っていた。それからお互い「ふっ」と笑うと、表情を和らげて剣を収めた。
「流石だな、ライセ」
ムサシはライセのそばにやって来ると、その場に座り込んだ。ライセもその横に座る。
「だが、アレが本当にお前の本気か?」
ムサシほどの実力者なら、その相手が本気かどうかくらいすぐに分かる。
あくまで模擬戦としてだが、全力のムサシとサクラの身体で互角に戦ったのだ。ライセが一切手を抜いていないことは充分に分かっている。
それなのに、何かが腑に落ちない。
「いや、いい。お前が本気だったことは充分に分かっている。変なことを聞いた。忘れてくれ」
ムサシは笑って立ち上がると、トリナの方へ去っていった。
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