第7話 初給料 1-4

「はは! 嬉しそうだな」


「わ、わかります?」


「そりゃな。顔がにやにやしてて少し気持ちわりいくらいだ」


 自分の顔が思いの外緩んでいることに手を当てて気づいた。そしてにやついた表情を無理やり戻すように頬を定位置に着かせる。


「これは失敬……」


「嬉しい時は、嬉しさをたくさん噛み締めるといい。だが、あんちゃんよ」


 店主は、ひそひそとトーンを落とすように耳打ちするような姿勢で話しかけた。こういう賑やかな場において普通に発する声よりきっと、このような耳元で残すような声の方が印象に残るからだろう。


「ここいらでその金を使ってそろそろ装備をそろえて見ちゃどうかい? この前も勧めたと思うが、いくら何でも私服で異界へ行くのは万が一にも心元ねぇ。それに探索員って職業柄命がかかってる。その最低限の備えも出来ないやつは自然と他のやつからも舐められるからな」


「ああ……」


 この前のランサアラネアレギーナ討伐の時に少し絡まれたのを思い出す。


「ということでだ! 俺はしびれを切らしてあんちゃんにあいそうな防具を仕入れてたんだ。ちぃっと待っててな今物を取ってくるからよ」


 店主は店の奥へと行く。そしてものの数秒で帰ってきた。


「これだ! 獣の牙も通さない鎖帷子を下地にして硬蟲(こうちゅう)と呼ばれてるとても固い甲殻をもったムカデとクワガタを足して2で割った魔物の甲殻を使った装備だ! 硬蟲は中部地方の異界に広く出没して主に10層から15層で見られる魔物で狩猟も比較的楽でな────」


 装備の説明は以外にも長かった。「へー」と「そうなんですか!」、「それはすごい」の相槌を多用し時が流れる。


 主にこの装備に使われた魔物の生態についての話がメインだった。


 つまり硬い甲殻を持った硬蟲って魔物の装備だそうで、そんじょそこらの魔物の牙や爪程度なら簡単に防げるそうだ。


「────でだな! 供給も安定してきてうちの会社はこれを異界探索初心者入門の装備にできないかってんで開発されたのがこれだ! 名前は『スコラバスの防具』だ。硬蟲の正式名称であるところのスコラペンドラ・セルヴスから来てるらしい」


 装備についてはいろいろわかった。頑丈で長持ちしやすく牙や爪なんかからも守ってくれる。


 耐熱性にも優れてて何故か耐電性能もわずかながらあるそうだというのはわかった。


 わかったが……肝心なことが抜け落ちている。


 素材供給が安定してて良く採れるから安く提供できると……それはファミリアマーケットのような大きな企業は自社で雇っているプロの探索員がいるおかげもあるだろう。


 ファミリアマーケットというブランドを背負って日々採れた素材を会社に提供するのと同時に自社の防具を使って狩りをする。


 未踏破の地で生存したり使い勝手が良いと評判になれば会社の防具が売れるというようなマーケットが存在するので探索員の中でもプロの探索員なんて呼ばれてる人達もいる。


 そんな人達を雇いつつ宣伝された装備だ。お値段がどうなっているのか本当にいいのか自分では判断がつかない。


 さて、ここからが本題だ。


「その装備が良いというのはよくわかりました」


「だろう? 買う気になっただろう?!」


「いくらですか?」


 少しの間、沈黙が訪れる。


「あれぇ、言ってなかったか?」


「言ってないですよ」


「『じゅう』9万5300円だ」


「へ? 19万!!」


 19,5300円。


 明らかに予算オーバーだ。


 確かに稼いだ。


 稼げたし探索員としての自信もちょっと着いたし嬉しかった。


 それでもだ。自分は凡人だ。非凡じゃない。


 こんな稼ぎは、この先そうそうやってこないと思う。非凡じゃない凡人に与えられた現実は平和だった時と大して変わらない。


 平和だった時と変わったのは周囲の環境だ。今の状況下では気軽に働きに行くこともままならない。


 ならば、ここは慎重になるべきだ。


「いやいや、その『じゅう』のところなんで小さく言うんですか!! めっちゃ高いじゃないですか。他のはないんですか?!」


「いや、まてまてまてまてあんちゃん! 他にもある! あるにゃあるんだ。初心者御用達の装備って言ったら『探索者』って名前の10万の手軽なレザー装備がある。確かにそっちも革がスケイル・ハウンドの物でなかなかの一品だ」


「それじゃ、そっち下さいよ! なんで高い方勧めたんですか!!」


「それはだな……そうだな。あんちゃんって探索は一人でこれからも行くだろう?」


「ええ、そうですね。一緒に行く仲間なんて出来ませんでしたし……」


「なればこそだ。一人で異界へ出るやつなんてそうそう居ない。みんな異界探索員の公式ホームページやらアプリやらを利用してチームを組んだりする。そして居なかったらまずは探す。それにチームは基本だ。魔物とやり合う時に起点となるディフェンサー。隙を見つけては魔物に致命的な一撃を加えるオフェンサー。火力支援を行うアタッカー。偵察をしたり状況を把握しチームの導き手となるスカウター。回復魔法が広まり始めた今の時代には、戦闘継続能力を持続させるセラピストまでの役割もあるんだ」


「う……」


 確かにチームは基本だ。


 その言葉通り探索員は基本的にチームを作る。今の主軸は店主が言っていた通りディフェンサー、オフェンサー、アタッカー、スカウター、セラピストの5本の柱が重要になる。


 深層へ行けば行くほど、それぞれの力が発揮され生存確率を各段にあげるのも事実だ。


「であるからして、一人で行くなら防具くらいの装備の備えは怠らないことだ」


「うぅ────」


 何も言えない。


 5本の柱、それぞれをになう人材を揃えるまで途方もない労力が強いられるとついこの前ネットサーフィンして読んだ。


 どこのチームも全員揃えている訳ではなく何かが足りないままに今日を凌ぐ────それが当たり前だ。


 そのすべてが欠けている今。


 本当は装備をケチるなんて馬鹿なことをしない方がいいのだ。


 事実、思い返してみれば防具があればカマイタチの攻撃もある程度は防げたかもしれない。


 ランサアラネアレギーナと戦ってる最中も臆することなく戦えてたのかもしれない。


 アラネアも簡単に倒せてたかもしれない。


「あんちゃんよ────買うかい?」


 チェックメイトだった。


 差し出された装備は、鎖帷子の上に黒い甲殻がしっかりと固定されているものだった。腕を覆う黒い甲殻。肩には細長い甲殻が重ねられ腹と背には大きな甲殻が備え付けられる。


 腰も肩についているもののように甲殻が重ねられ太ももと脛もばっちりと守られていた。


 刀と合わせるとどこか落ち武者めいたようなそんな印象を抱かせるような装備だった。


 それからは、採寸して仕立て直しをするべく後日また取りに来ることになった。


「へっへ! まいどあり!! お得意さん!」


 素材も売り終わり財布の中身も空っぽに……電子マネーだから空っぽにはなってないが、まあ空っぽになった所で店を後にする。


 美味しかったカクテルはサービスになり、おまけにロープやら杭、治療キット等入った探索員セットと靴も安くするということで探索者用ブーツも購入した。


 そして約23万のお金が手元から羽ばたきましたとさ。


 車へと辿り着きおいしかったカクテルの味をかみしめハンドルを握る。


「あ────」


 そう、気づいた時にはもう遅かった。



────ランサアラネア討伐をした日の夜。


 暗がりを照らす光が5つ。


 剣を腰に下げ片腕に盾を構える青年。着こまれた板金入りの装備はどこか西洋の鎧と動きやすさを重視したような造りからそれなりの力を持つ探索員であることがわかる。


「トヨト。本当に行方不明者の捜索ってここでいいのか?」


 トヨトと呼ばれた男は一見して何も武器を持っていないかのような装備だ。しかし周囲の岩をつたって軽快に移動する素早い身のこなしに見合う軽装だった。


「話を聞いた限りではそのはずなんですがねぇ。アサヒさんも嫌ならこの要請を断ればよかったじゃないですかぁ」


「い、嫌なわけねぇよ。ただ、これだけ探して見つからねぇからな」


「人ひとり行方不明なんですよ~。5層とはいえしっかり探しましょうよぉ。天井高いなぁ」


 天井を見上げる小柄の女性。弓を背負い矢筒を腰にぼーっと天井を見ていた。


「ああ、結構探し回ったがいないぞ? 実は帰ったんじゃないのか? それより俺は腹減ったぞ! それに眠いな!」


 弓を持つ女性に同調するかのように大柄の大剣と大きい盾を持つ重装備の大男が腰を下ろしていた。


「疲れてるところごめん……リユとマモルももうちょっと探してみよ」


 何故か申し訳なさそうに言う。長い黒髪の女性。綺麗な銀色の大剣を腰に下げヘルムを抱えて周囲を忙しなく見渡す。


「へーい。肉食いてぇ……」と大柄の男、マモルは立ち上がる。

「ユキっちは頑張り屋さんだなぁ……天井高いな」弓使いの女性ことリユも見上げてた天井から目を離して歩き出す。


 しばらく広い空間を探し回り盾持ちの片手剣士ことアサヒ。


「ここまで探してもいないってことは……」


「ああ、決まりだろうな」とマモルは鉄のような素材で作られた兜越しに頭を掻いた。


「連れてかれたってことでしょうね。首謀者疑いの4人が行方不明。なのに現場にいただろう初級探索員7名は、怪我を負っていたものの無事帰還。そして残ったと証言された1人も行方不明……」


 軽快に岩と岩を蹴り歩くトヨトは、腰に下げた一本の短剣をカチカチと鳴らしながら見渡している。


「あー、ネットで地図が落ちてる異界の5階層でどうやったら遭難するんよ。もーー!」


「だから事件性が高いんだろう?」


「まあ、そうなんだけどさー。ここにいても何か得られる情報はあれくらいじゃない? ん~天井まで矢……届くかなぁ」


「ああ、そうですねぇ……かすかに残る血痕もそうですが、一番分厚い頭の甲殻を鋭い何かで切断されてるランサアラネアレギーナの死骸……ですね。彼らは『まだ戦っている。あの防具無しじゃ大蜘蛛は倒せないから早く』って言ってましたが、その大蜘蛛はしっかりと殺されてますからねぇ」


「一番考えられるのってよ。ここに一人残ったやつが目当ての連中がいてそいつがやられたのを見計らって大蜘蛛をめちゃくちゃつえぇ一撃で倒して倒れたやつの身ぐるみはがして処分とかか?」


 頭を抱えながら盾持ち剣士のアサヒが答えるがトヨトが反論をする。


「そうなりますと7人も証人を逃してますのでその流れは難しいですねぇ。初級探索員装備泥棒をするにしても7人剥いだ方がいいでしょうし、大蜘蛛相手に小人数が残るにしてもお目当ての人間一人が都合よく残るとも限りません。もう何が何やら……」


 頭を抱える4人そして何かを思いついたかのような口ぶりで大男のマモル。


「なあ、お前ら」


「「「ん?」」」


「脳の糖分がなくなりそうな会話は飯の時にしようぜ」


 その台詞を最後に他4人は大男への注目を外しそれぞれのやってることに戻った。


「無視するなよぉー。それはいいとして腹減ったなぁ」


「ん~~、よし! じゃあ一旦帰るか。このまま探してても埒が明かねぇ。上行ってまた情報収集だな」


 さあ、戻るぞとアサヒが皆を先導し始めようとした時だった。


「アサヒ、私……もうちょっと探してみてていいかな?」


 ユキと呼ばれる銀色の大剣を腰に下げた女性は不安げな表情で皆を見る。


「あぁ、そうだったな。じゃあ……あと少しやっていこう」


「……ありがとう」


「ねぇ、トヨち」


 こそこそとトヨトに近寄り話すリユ。


「なんです?」


「ユキち、なんだかガチだけどどうしたの?」


「ああ、なんでもその行方不明者が知ってる人かもしれないのだそうですよ」


「そっか……そりゃ心配だね」


 暗がりを照らす5つのライトはそれからまたしばらくその場を彷徨ったのだった。

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