第7話 初給料 1-3

「そりゃそうとあんちゃん。引き留めて悪かったが今日ここへきたってことは素材の売り込みにきたのか?」


「あ、そうでした! すっかり忘れちゃったじゃないですか」


「いや、悪い悪い。死んじまったのかってしょぼくれてた時にきたもんでよ! ちぃっとばかりテンションアゲアゲになっちまったぜ」


「テンションアゲアゲですか……」


「それで、獲物はその中かい?」


 そう店主の視線を向けた先にあるのは、今朝がた素材をまとめた風呂敷だ。カマイタチの爪やら、ランサアラネアレギーナから採れた素材が入っている。


風呂敷を渡して店主。


「ふむ……なかなかの重さだな────結構待たせちまったが、これから査定するよ。ちぃっとばかり待っててくれ」


 そう言って4杯めのノンアルカクテルを飲み干してカウンターの奥へと消えて行った。


 それから3番の番号札をもらいバーの雰囲気を楽しみつつ査定が終わるのを待つ。


 しばらく待つがいつもより時間がかかっているようだと気になりはじめた時だった。


 電光掲示板に『3番、査定終了』と映し出され素材査定カウンターへと向かう。 


 カウンターへ行くと「またせたな」とどや顔の店主がそこにはいた。


 店主は、にやにやしながらおもむろにタブレットを取り出して画面を切り替え何かをタップしている。


「ふっふっふ。さて、査定額だが……」


 緊張の一瞬だ────


 気が付くと1月も終わりを迎え2月半ばを過ぎた。


 何も起こることのないバレンタインデーの存在を忘れつつ所持金が現在2万と5000円、小銭325円。


 貯金が24万円。


 そろそろ稼がないと本当にやばくなってきた今日この頃。


 この一瞬に全てがかかってると言っても過言ではない。


「まずは素材だがランサ・アラネア・レギーナの頭殻が2枚、腹殻が5枚。牙4本に足の甲殻が9枚、それとレオ・ボアの大牙2本……ここまでは良いんだがこの14本の爪が曲者だったな」


「曲者……?」


 それに今あっさりとイノシシの名前が判明した。大きな牙2本の収穫と言ったらあの猪だろう。


 ライオンのような体にイノシシの頭をした魔物。


 名前はレオ・ボアというらしい。そのまんまと言えばまんまだ。


「ああ、そうだ。この爪……該当する魔物の素材はあるにはあった。が、それとはまた別の魔物のようなんだ。詳しいことはここではわからなかったんだが触れただけで痛みが走る効果。しかもかなり激痛だ。それに加えて痛みを与えるだけで外傷は残さない」


「そうなんですよ! すっごい倒すのに苦労しました……何度も泣き叫ぶような痛みに耐えながらようやく倒したんですから!!」



「お……おう。大変だったんだな。それでだな。この爪と同特性を持つ魔物がいてな。そいつの名前はイヅナという魔物だ」


「イヅナ?……」


「そうだ。新宿異界の50層に出現する小型の魔物で、別名カマイタチ。姿を見ることは難しく通り過ぎる風のように探索者を斬りつけ痛みに悶絶しているところへと留めの一撃を入れる凶悪な魔物だ」


「ということは……」


「ああ、新宿異界の50階に出現する魔物と同等か────」


「それ相応の高い値段になりますね!!」


 50階層の魔物に該当する素材があると聞いて興奮気味に言い沈黙が場を包む。しかし、回りの音はそれを消してくれるような賑やかさがあった。


 どこの異界もそうなのだが異界は上層へ行けば行くほど難易度が跳ね上がる。出現する魔物は強くなり異界の環境も変わる。


 それに新宿異界50階層と言えば探索員の中でも上位1%未満が到達出来る一流の探索員が足を踏み入れることのできる場所だ。


 そこで採取される魔物の素材は珍しく値段が付かない物や言い値で買われるものからこの世に二つとしてないような物まである。


 中には、とても小さな箱が1億の値段をつけられてるのを見ていつかは手に入れてみたいものだと夢をみた時期もある。


 であればだ。


 50階層に出現する魔物のような奴が、あの未開の地であるところのあの大木の異界の1階層に現れたのだ。


 しかもたくさん……期待と興奮に身を任せ売値にがっついてもよいではないだろうか。


「あっはっはっは!! そうだな。まあ、そうがっついてもお金は逃げないぜ? それに50階層相当の魔物かどうかは、いろいろと不明だがな」


「不明?」


「ああ、物は確かにイヅナの大鎌に似た特性を持っているがデータにある大きさの100分の1もない。効果も話に聞く限り似てるだけで同等かもわからないしな。そう期待はしない方がいいだろうな」


 しゅん……なんて効果音が似合うように肩が下がった。


 いやね。1階層でそう儲けようだなんて虫のいい話があるわけがないのですよ。


 どこの異界も難易度の差異はあるものの1階層は初心者の為に用意されたかのような難易度のところばかり。


 特に1~5層までは前座に過ぎない程で観光気分で入れるなんて言われる程だ。それに異界の本領は10階層からはじまるなんて言われてるから……まあ、なんとなくは心のどこかで大したことないってわかってたけれど。


 でも……


「50階層なんて言われたらそりゃ気になりますよ!」


「そりゃ悪いことしたな。だが新素材でデータがないってのもあって今は値段は着けられないってのが事実だ。一応この素材はあんちゃんに返すぜ」


「はい……調べてくれてありがとござます……」


「そうしょぼくれるなって、一応本部には写メ付きでメール送っといたから買い手と利用手段が決まればおのずと値段も決まるさ。そんときゃ連絡はするぜ。ちなみに……イヅナの大鎌は、一本9000万円の値がつけられたぜ?」


「ききkk、きゅkyうsしぇ?! きゅうsせ、せんmまnえん!!」


「おいおい大丈夫か? 文字化けしかけたぞ」


「だ、大丈夫です。問題ない」


「はは! 本当かよ。だが、そこまで行ける探索員からして見りゃそう珍しい話じゃないだろうさ。50階層なんて行くのは命知らずか化物じみたやつらだけだしな。そんな奴はどこ探してもそう居ない」


「いやまあ、確かにそうですけど……はぁ、やっぱり夢がありますね」


「まぁ……そうだな!」


 互いにニっと笑顔をつくって笑う。いつかはそんな高みに登れたらいいなって思いはしているけど世界はそう甘くない。


 上には上が居て、下には下がいる。


 なんの取り柄もないし才能もなければ、友人という友人もほぼ作れない人間には、今の位置が分相応ってところだろう。


 ただ、こうやって笑いあう相手がいるっていうのは悪くない。


 異界が出来て一人になってここで探索の仕事をして自分も変わったような気がする。


「それでだ。気になる査定額がだな。ランサアラネアの頭殻が2枚で22,000円、そして腹殻が5枚で35,000円、鋭牙が4本で30,000円、足の甲殻が9枚で18,000円、レオボアの牙が2本で8500円ってところだな。ここまでで113,500円で依頼達成報酬を入れて占めて163,500円だ」


「…………」


 壊れた人形のように動かないハルヒト。


 なぜなら査定額をタブレットで見せられてなお現実味が湧かないでいた。しかし、何度見ても現実は変わらない。


 先月分の稼ぎを入れたとしても今のところ異界探索員になって6936円しか稼げていないからだ。


 それに、しばらく無収入の期間も続いて所持金2万とちょっと、貯金24万と雀の涙程度でどう切り詰めて行こうかをずっと悩んでいた。


 まさかのいきなり報酬が6桁。


 夢じゃないだろうか。夢だったら泣いて枕をびしょびしょにするだろう。


 しばらくして放心状態から解き放たれる。


「────ほんとに?」


「奇異な事を言うねぇ。俺が詐欺師に見えるってのかい?」


「言葉巧みに商品を買わせようとしてくるあたり?」


「そりゃ商売人だ。いい商品を利益が出そうな所で安く提供する。互いにウィンウィンな職業だからな。あんちゃんに良さそうな物があったらそりゃ勧めるさ」


 とりあえずここで大声で『やったあああああああああああああああああああああああ!』と激痛に耐え忍びながら枯れかけた声で叫びたいのを我慢した。

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