第13話 仕掛③

「大将、揃いましたよ」


 子飼橋を渡ってすぐの白川沿いにある一軒家を、浩一たちは取り囲んでいた。

 草木も眠る丑三つ時とはよく言ったもので、静寂は汗の滴りにさえ擬音を与え、人通りの絶えた住宅街を深い闇に沈める。

 その中で片腕をポケットに突っ込み、浩一は煙草を吸う。


「結界の準備も完了しています」

「ああ、そろそろやるか」

「その前に、一ついいですか」

「どうした、伸介?」

「いや、どうしてこんなに時間をかけたのかと思って。あの男を捕まえてから時間が経ってますけど、もう少し早く動けなかったんですか」


 伸介の問いかけに、浩一は煙草を消してから静かに答えた。


「あの若造を責めたのも、時間をかけたのも向こうを集めて一網打尽にするためだ。じっちゃんにも頼んで集まったのを確かめてもらってる。なに、わざと知らせてやってるようなもんだ」


 浩一の詠唱と共に周囲に結界が敷かれ、その腰には剣が佩かれる。

 歪曲した水の流れを背に、しかし、この一角は完全に外界より隔絶された。


「司書督、林浩一だ。祈祷の由人並びにその手下どもは、大人しくその身を差し出せ!」


 窓を開け放つと同時に、浩一に二つの冷気が向かう。

 それを風圧で押し返したところに、ナイフを振りかざす男が一人。


「悪いけど、大将をやられる訳にはいけないからな」


 その合間に、伸介が刀を抜いて入り込んだ。

 十畳ほどの部屋には、五名の技令士が総立ちで構えており、その奥に正座したままの老人の姿。

 逃げるでもなく、浩一を睨むその姿は深く刻まれた顔の皺と相俟って強い威圧を加える。

 それを一瞥した浩一は、伸介の脇を抜け、室内に踏み入った。


「おのれ、丈二をかどわかしたのは貴様らか」

「ああ。お前たちが何を企んでるのかを知るためにな。それにしても、人々から集めた技力でよもや多数に傀儡技令を仕掛け、荒稼ぎしようとしていたとはな。なるほど、それなら技令も最小限で済み、俺達も勘付きづらかっただろうなぁ」


 浩一の言葉に顔を歪ませた老人は、立ち上がり浩一を指差した。


「貴様らには分かるまい。この世間の有様で飯が食えぬ者達を助けてやろうという、私の想いなど」

「ああ、分からんな。少なくとも弟子に、人死にの出るようなやり口を知らずに教え、力を蓄えようという奴の思いなんざ分かりたくもねぇな」


 あの後、責め立てられた全てを吐いた丈二に、浩一は祭壇技令によって一人の老女が死んだことを告げた。

 丈二はあくまでも術式を施すまでが仕事であり、実際に発動させるのは家に潜んだ由人の手による。

 故に、それを知った丈二は傷を癒されながら涙を流し、その命を自ら断とうとしたために浩一によって麻痺させられている。


 相手方に動揺が広がる。

 その狼狽えたところを、伸介は二人峰打ちにしてとり、残る三人へと迫った。


「知られたからには仕方あるまい。貴様ら共々祭壇の贄として呉れよう」


 老人の周囲に技令が渦巻き、その蓄えられた技力が一つの形を得ようとする。


「ほう、ここで中祭壇を発動させれば弟子諸共巻き込むことになるが、そのようなこと構わず、ということか」

「知れたこと。元より、最後の贄にこ奴らを捧げて私が魔王となるつもりであったのだから」

「やはりそうか。傀儡で使うにしては技力が多すぎると思っていたが、何のことはない。お前自身がその欲を満たすために集めていたというだけであったのだな」


 浩一の言葉に、老人の高笑いが轟く。

 不安げな弟子の一人をさらに沈めた伸介も、その強大な技力に息を呑む。

 近づこうにも、覆う瘴気の強さによりそれも容易ではない。


「戒めよ、この醜悪な世をも縛り給え。八戒陣」


 それが、浩一の詠唱一つで断ち切られる。

 由人の足下に三百六十となる複雑な技令陣が描かれ、その上に歪んだ空間が現出する。

 汚泥のように歪曲し、湾曲するその空間は、時に紫や緑の色を放ち老人と取り巻いていた技令とを隔絶する。


「身体が、動かせぬ」

「そうだろうな。陣形技令には亜種として、技令的相違空間を現出させて相手を束縛する陣形束縛技令があるが、これがそれだ。この空間に捕らわれてしまえば、それを上回る自分の技力で振り解くより他にない、が」


 老人の顔がさらに歪む。

 先ほどまで渦巻いていた瘴気は、まるで宿主を失った蟲のように霧散した。

 近づいた浩一に、老人は唾を吐きかける。


「畜生、司書の犬めが。こんな手を使うなど聞いたことがないぞ」

「お褒めに与り、光栄だな。それで、何か言い残すことはあるか」


 浩一の言葉に目を血走らせた由人は、酷く低い声で告げた。


「いつまでも正義面していればいい、貴様等も同じ穴の貉と知らずにな」


 浩一が剣を抜く。

 一太刀で切り離された首から血が噴き出し、それは異空間へと吸われていく。


「全く、笑わせやがる」


 剣先を拭って収めた浩一は、目の見開かれたまま中空に浮かぶ由人の首を眺めて言った。


「なあに、俺達も同じ穴の貉さ」


 部屋の片隅では力なく座り込んだ男二人に、伸介が縄をかけようとしていた。

 白川の流れが微かに響くようであった。

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