27.「幕開け」


 深層で、溺れている。


 ──きみの正義をおしえて。

 振るう剣が何の為にあるのか、おしえてよ


 息が出来ない、苦しい、助けてほしい。


 ──きみは何の為に、生まれてきたの


 もがこうとしたら両腕がなかった。

 足掻こうとした足もなかった。

 

 これでは何も出来ない、こんな体、自分のものだとはとてもじゃないが思えない。

 強くなければいけなかった、生きて戦わなければならない理由があった……はずだ。


 ──忘れてしまったなら、また識ればいい


 暗がりが怖くて目を閉じる、眠れない夜に抱きしめてくれた誰かがいたような、朧げな思い出が瞼の裏にはあった。

 でも俺はもう子どもではないから……どちらかといえば、怯える子を抱きしめる側だから縋っちゃ駄目なんだ、分かっている。


 分かっているのに、自分を襲う孤独に耐えきれる気がしなかった。

 さみしいよ、と呟いた、置いてかないでと泣いてみた。

 それを聞いてくれるひとは皆、もうこの世にはいなくて。


 ──それでも、次の聖王はきみなんだ


 息も出来ない深層で、独り溺れている。

 無くなったはずの指先が、何かの柄に触れた気がした。



 ◇ ◇ ◇



「我が騎士達よ、同胞狩りをしてもらう」


 ライオス王国、中心部。

 王城を背に立つ我が王を前に、聖王騎士たちは跪いていた。

 皆が同じ目隠しをつけている、真実から目を逸らし、ただ響く命令だけを受け入れる。


「ライオスはこれよりアルメリア王国に侵攻を開始する。

 お前たちに人殺しは望まない、代わりに竜王騎士団を食い潰せ」


 竜王騎士団、と言われて彼は指先を震わせた……何か頭に引っかかる。

 誰か大切な、かぞくが、あそこにはいたような。

 空白に埋め尽くされた脳の中を意識だけが彷徨っていた、大切な何かを忘れている、それだけは分かるのに輪郭に触れた端から消えていく。


 剣を振るうことならできるから、騎士としては何ら問題はない、瑣末な違和感だ。

 彼は愛剣の柄に右手を触れさせた、さて。


 この剣は一体、誰に貰ったのだったか。


「最初から上手くいくとは思っていないが。

 ……兵器として、最善の働きを期待する」


 我が王の言葉はそれで終わりだ、白光を放つ杖が掲げられる。

 王権レガリアの下、正義の騎士達は集った。

 他の何でもない忠実な兵器として。


「……機能正常」


 彼はゆっくりと立ち上がる。

 もう誰に預けられたか定かではない片手剣の柄に手を掛け、抜けもしない聖剣と共に。



 ──さあ、終末をはじめよう。

 ここは万能嫌いの青い惑星。


 人の願いが叶う場所。

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