20.「王命」
未来が遠征に向かってから二日後。
またしても結界防衛の為、雄大は部隊を率いて圏外区域に立っていた。
「桐谷先輩、頭下げてください!」
背後から聞こえた声の通りにすれば、頭上を暴風と共に細剣が切り裂く。
飛ぶような斬撃は、雄大の目の前で血の泡を吹く二枚羽の天使と、そいつを盾にしている四枚羽の胴体を纏めて斬った。
甲高い絶叫を上げ二体が地面に沈むのを見届け、雄大は振り返る。
「ありがとう、篠塚。
手前の奴が邪魔で面倒に思ってたところだったんだ、助かった」
「あはは、私ってば良い後輩!
……お姉様のほうがもっと上手に斬るんですけどね」
遊ぶように細剣を振りつつ何でなのかな〜と笑う後輩に雄大は問う。
「同じ流派でも使い手によって違うもの?」
「全然違いますよ、桐谷先輩は天才だからピンとこないかもしれませんが。
お姉様は何というか……奇才なんです、お父さん教えるの大変そうでしたもん」
思い出を懐かしみながら語る紗世に対し、ふうんと返事をした雄大は、幼い頃の未来のことを思い返した。
翔から細剣を貰ったのだ、と自慢げに見せに来てくれた日の笑顔が脳裏に浮かび、雄大は無意識の内に頬を緩ませる。
「あら、戦地で笑うなんて珍しい。
何か楽しいことでも思い出しました?」
「ごめん、顔に出てた?
……いつまで経ってもあの子は俺の可愛い妹なんだと思ってさ」
死骸を跨いで前進し、部下の動きを俯瞰しながら言う雄大の顔を見て、紗世は面白いものを見つけたように目を丸くする。
「ほんっとうに仲良しですよね!
騎士寮生って皆そういう感じになるんですか?」
「うちの寮は家族同然に過ごすから、特にかもしれないね。
未来には皆が甘いかな、たぶん俺も」
前方、死骸の隙間から飛び出して来た死にかけの二枚羽を刺し殺し、雄大は戦況をぐるりと見渡す。
彷徨うように動く群れは半壊している、だが指揮系統は死んでいない様子だ、ということは。
「この動き方なら四枚羽がもう一体かな。
探し出して殺せ、逃すな」
了解、と周囲で待機していた数名の部下が雄大の指示を受けて走り出した。
伏したまま痙攣する天使を靴先で転がしとどめを刺して、紗世は溜息を吐く。
「はぁ、いつまでこんな雑草刈りみたいなことしなきゃいけないんだろう」
「聖王結界が直るまでだよ、油断して痛い目に合われても困る、気を引き締めて」
雄大からの返答に紗世はもう一度、深々と溜息を吐いた。
雄大の方も結構というか、かなりうんざりとした気持ちになってきている。
未来と共に対処したとはいえ、一度群れを作らせるまで繁殖を許してしまったのが痛かった。
聖王結界付近に生み付けられた核は一つだけではない。
殺しても壊しても増える速度に間に合わないのだ、キリがなく湧く孵化したての天使たちを昼夜問わず殺し続けるのは骨が折れる。
部下たちの士気がこれ以上下がるのは避けたいので、雄大は自分の気持ちが表に出ないように注意を払った。
「そういえば桐谷先輩、神技使ってます?」
「いいや、使う必要性を感じない」
紗世の問いに答えながら、上空から降下して来た個体を雄大は見上げる。
背中の羽は──四枚。
ああ、そちらから来てくれるなら都合が良いと彼は考える。
豪速で飛来する四枚羽の開かれた大口を右に避けて、脇腹を思いっきり突き刺す。
技も何もない、外殻の隙間を切っ先が貫いて内臓へと刃が通る、絶叫が迸る前に力任せに地面へ叩き付けた。
真っ白な羽が宙に舞う。
雄大は破裂した死骸から噴き出した血を被らないようにしながら、剣を引き抜く。
刺した瞬間に致命だ、急所しか彼は狙わない。
暴力で敵を殺した、というより壊した聖王候補の姿を見て、紗世が引き気味に呟く。
「適当に動くだけでそれなら、神技を使う必要なんてありませんか……」
「使う時は使う、今じゃないだけ。
それに篠塚の方だって使ってないじゃないか、適当に剣振ってるだけだろ」
「……必要性を感じないので?」
俺と同じじゃないかと笑う雄大の後ろで、制御を失った二枚羽が次々に聖王騎士たちに殺されていく。
やはり、今落とした四枚羽が最後の指揮系統だったようだ、あとは付近で確認出来ている巣を破壊して回れば、暫くは攻勢も落ち着くだろう。
紗世が鬱陶しげに細剣から血を落とす、死骸の奥に聳える核へと雄大は目を向けた。
◇ ◇ ◇
結界防衛に雄大が駆り出されるのは、防衛隊から救援要請があったときのみだ。
発見された複数箇所の巣を潰し終えて、自分の仕事が一旦無くなったので、現場の指揮を紗世に預けて雄大は帰還する。
身綺麗なまま王都に戻って来た雄大は、内心でさてと呟いた。
調べるか、と。
未来との約束だし、なにより自分の今後、動き方を決めるためにも必要なことだ。
王の真意を探ると言ったは良いが、正直怪しいところがありすぎて何処から探ったものだか、と雄大は考え込む。
(聖王結界の損傷騒動、上層部の緊張感の無さ、未来をライオスから追い出す動き、人類会議での我が王の言動に……あとは)
挙げれば挙げるほど出てくる問題に、雄大は頭を抱えたくなった。
騎士が持つ本来の役割とは外れた行動を起こそうとしている自分も、そんな行動を起こさずにはいられないような現状も全てが嘆かわしく思えてくる。
「直接聞いたら答えてくれるかな、我が王」
呟いてから、それは無いなと結論を出す、こちらに一瞥しか向けないような人が質疑応答の場なんて設けてはくれないだろう。
──雄大にはライオス王がただアルメリアと戦争がしたいだけとは思えなかった。
ライオスに配属された人類軍の指揮を握るリナリア直下のライアンから、少しずつ軍人を奪い取って私兵としている、という話は他でもない王子本人から聞かされている。
聖王結界が修復途中であり、一度市街が襲撃を受けた後ということもあって、国内の避難誘導や復興作業、治安維持の為にも人類軍を引き上げさせるわけにはいかない。
そういった現状を利用されている為、手出しが出来ないのだとも。
私兵を増やしたくらいでは、人類軍と連携しライオスを迎え撃つだろうアルメリア王国を始めとする他国との力の差は埋まらない。
掌握出来たとして小隊にも満たないような人数なのだ、人類軍からライオス王国に貸し与えられている軍人の総数なんてたかが知れている。
全員がカインズに従ったとしても、一息で制圧されてしまう規模にしかならない、戦争を始めた次の瞬間にはおしまいだ、国として孤立している以上、兵の補充も出来ない。
人類会議で自信満々に戦線布告をした意味が分からないのである。
実際リナリアも言っていた通り、ライオス王がどう頑張っても「戦争なんて起こせない」状況なのに。
カインズ・ローグは決して馬鹿ではないし、勝算がない事をする人間でもない。
彼は必ず勝ち筋を見出して動いているはずなのだ、それを見つけられれば。
(我が王が突き進もうとしている道も見えてくる、かな)
……もう一度、凱に話を聞くべきかとも雄大は考える。
人同士の戦争が起きた時または起きる予兆がある時、騎士団は人類圏の安寧を守るという目的で、和平を結べるように国との間を取り持つ仲介役として動くのが原則だ。
騎士は人間に武器を向けれない、彼らの意志を妨げることも出来ない。
どんな理由があっても、人に害意を向けることは許されない、それこそ
だから出来ることは多くはないが、言葉を尽くして、出来る限りのことをして争いを止められる方法を探すのが騎士の義務だ。
間違っても戦争の助長をしたり、黙って見ているなんてしてはならない。
己が全てを尽くし人類圏の安寧のために動く、それが騎士の生存理由なのだから。
だというのに、聖王騎士団長である凱がライオス王の意向に沿って動いているのはどういう理由なのか。
そこから明らかにしていくべきだろうか。
「弁舌弱いんだよなぁ、最悪の場合は……」
剣頼りか、と雄大は無意識に聖剣に触れて、抜けもしないコイツに頼ってどうするんだと愛剣の方を握り直した。
後輩の父、妹の師。
そして自分にとっても憧れであり寮生の恩師でもある偉大な騎士を斬りたくはない。
だけど、自分は決めたはずだ。
真意を見定めた時、それを間違いだとするなら剣を抜くと。
雄大は深く呼吸して、凱から重苦しく放たれた言葉を思い出す。
──迷わず俺を斬るんだと、彼は。
「難しいことを、簡単に言う……」
息を吐いた勢いで溢れた本音に、雄大は苦笑した。
こんな己では駄目だ、もっと強い意志を持たねば、聖王になんてきっとなれはしない。
気を取り直してまずは騎士団長室に向かおうと決めたところで、雄大の耳は微かな異音を聞き取った。
「市街地の方かな」
まるで硝子が割れるような音がする。
遠くから風に乗って来た微かな音に、怒号と悲鳴が混じり始めたのを聞いて、雄大は足速に歩き出す。
嫌な予感がする。
横目で王都に連なる
いつの間にか全速で走り出しながら、雄大は異音の聞こえる方へと向かう。
ほぼ無人となった今の王都の中だから出来ることだ、以前だったら騎士の全速なんて国内で出せたものでは無かった。
そうだ、この人気の無さも不穏さの理由。
ライオス王の指示で国民は次々に
人間の生活全てを棟の中で完結させることが出来るという触れ込みで、非常時の為に建てられた棟は全部で八基。
本当に五万人余りの国民全てをあの中に収容する気なのだろうか──。
答えが出る前に、雄大の足は市街地に入り、異音が響く現場へと到着した。
広がる光景を前に、彼は目を見開く。
「貴様ら、そこで何をしている」
迷わず愛剣を抜き、突き付けた先には二名の聖王騎士が立っていた。
騎士服の右胸で光る徽章を見れば両名が第二階級騎士だと分かる。
彼らの足元には、怯えきった子を抱いて座り込んでいる人間の男性がいた。
家屋の窓硝子が全て割れている、あの音の原因はこれかと判断しながら、雄大は迷わず親子を背に庇って立つ。
目元を白色の目隠しで覆った騎士たちは、沈黙の後、口を開いた。
「……第一階級様、ごきげんよう。
我々は人類守護の為、避難民の移送任務を遂行していたところです」
「聖王候補様、ごきげんよう。
ここは危険な区域です、
まるで操られているかのような言動をする聖王騎士たちから目を離さずに、雄大は背後で怯えているうちの、男性の方に声を掛けた。
「話せますか、状況を教えていただければありがたいのですが」
「……お、俺たちは家で普通に暮らしていただけだ、それをこいつらがやってきて」
泣き喚く子を抱き締める父の声は震えている、首肯しながら雄大は口を開く。
「どんな理由があろうとも、人類の皆様を怯えさせてまで遂行するべき任務などない。
我々の理に反する、聖王騎士団に所属する者として看過できない行いだ」
「ここは危険な区域です、お伝えしても分かってくださらなかったので窓を割って、中から出ていただきました。
人類守護の為、必要な手段です」
亡霊のように佇む聖王騎士のうち片方が剣を抜く、それを見て雄大は首を横に振った。
「悪いことは言わない、止めておけ。
第二階級が何名いようが、俺の剣は受けれない」
「……これは王命、人類守護の為。
お引き取りください、聖王候補様」
王命、つまりは我が王の意志。
もうひとりも剣を抜いた、ふたりか、と口の中で呟いた雄大は、真剣な眼差しを彼らに向ける。
「同胞を斬りたいとは思わない、頼む。
……俺が君たちを制圧するには三分も掛からない」
冗談でも侮りでもない、単なる事実。
このふたりがどんな奇跡を起こして奮戦しようと雄大は殺せてしまう。
騎士としての性能が違い過ぎる、そう出来るだけの実力が雄大にはある。
第一階級とは災害規模の殲滅を単騎で引き起こせる者に与えられる階級だ。
雄大の声はふたりには届かなかった。
ふらりと動いた片方が剣を振る、初速も動きも狙いも何もかもが、雄大にとっては幼子の手遊びのように感じられた。
何の問題もなく、容赦もなく、剣を振るって対象の右腕を断つ。
迸った血が石畳を汚した、剣ごと利き手を落とされた聖王騎士が膝をつく。
──切断面も綺麗だしあとでくっつけてやろう、と雄大は踏み込みながら考える。
もうひとりの騎士へと肉薄した、相手も対処するべく動いたようだが遅すぎる、雄大には剣を逆手に持ち替える時間すらあった。
柄で頭を殴打された勢いで地面に転げた、その首に剣先を突きつけ、雄大は言う。
「もう一度言うぞ、止めてくれ。
俺はまだ神技も使っていないんだ、わかるだろう」
警告としては十分、これ以上やるなら殺す。
──そう決めた雄大の体を、突如として激しい痛みが襲った。
『戦闘行為を停止せよ』
何だと考える前に、体が動いて剣を振る、危うく倒れた騎士を本気で殺しそうになって雄大は堪えた。
ちがう、これは違う、彼らに神技を使われたわけではない、もう彼らは動けない。
だからこの、体を縛るような痛みの原因は別だ。
混乱する頭の中に、声が反響する。
『戦闘行為を停止せよ』
だれだ、と雄大は痛みの中で考えた。
女の声だ、少女にも思える、無機質で無感動で義務的、何処かで聞いたような。
まさか、と思ったのはたぶん、理性ではなく本能だった。
息が出来なくなるほどの痛みの中で、雄大は愛剣を手放して、剣帯に下げられたままの聖剣に触れる。
本来、これを握っていたのは誰だ?
雄大を聖王候補に選んだのは何者だ?
死して尚、機構となって聖王騎士を管理している存在は、その名は──。
「原初の聖王……
叫んだ瞬間に、体を縛り付けていた痛みから解放されて雄大は膝をついた。
嫌な汗が全身から噴き出る、今にも吐きそうなほどの気持ち悪さで動けない。
そんな雄大の前で、昏倒から復帰した聖王騎士が、腕を落とされた同胞を抱えて立ち去っていく、意地でも逃してたまるかと雄大はそれを追おうとしたが。
「雄大、無事か!?」
聞き慣れた青年の声を聞いたら力が抜けて、体が勝手にその場に倒れた。
◇ ◇ ◇
「すまない、もう少し早く来れたら良かったな」
家屋の壁に背を預けて立ち上がれないでいる雄大に、申し訳なさそうな顔を向ける青年。
気遣わしげな様子のライアンに雄大は笑みを向けた。
「大丈夫ですよ、あの親子は助けられたわけですし……騎士との戦闘自体は大したことなくて、別で食らった方が痛いだけなんで」
「別?」
ライアンが首を傾げる、その姿が未来と重なって見えて雄大は笑った。
彼に分かるように説明する為、痛みの残る頭で考える。
「原初の聖王の怒りを買ったみたいで。
いや本気で意味分からないんですが、人類守護の最中だったというのに……」
「聖王か……騎士は確か
対話、と言われると違う気がして雄大は首を横に振った。
「原初の騎士王たちがしているのは騎士の管理です、もっと一方通行ですよ。
備わっている機能の一つに、騎士が人間を害そうとした時なんかに動きを止める命令を発するっていうのがあって……ほら、電波?でしたっけ、そういうのを受け取る感じで」
「なるほど、
千年以上前に死んでいる癖に随分とうるさいんだな?」
ライアンの言い様に雄大は堪え切れず声を出して笑った、騎士だったら怖くてそんなことは絶対に言えない。
「そこはちょっと俺は何も言いませんけど……ライアン様って未来に似たとこありますよね」
「五年も一緒にいれば似ることもあるだろう、それよりお前、大丈夫なのか?」
問い掛けに対する答え代わりに、雄大は壁に手をついて立ち上がった。
まだふらつくが、だいぶ楽になってきたので、大丈夫とライアンに示す。
「騎士王からの強制命令なんて生きてきて初めて食らったので驚きましたけど、もう大丈夫です、はあ……痛かった」
「大丈夫なら良いが、無理はするなよ。
今ライオスにいる第一階級はお前だけなんだから」
分かっています、と頷けばライアンは笑った。
「ライアン様は何故こちらに?」
「父上のやり方に納得出来なくてな、色々調べていたら物騒な音が聞こえてくるものだから見にきた」
「見に来ちゃダメですよ、危ないんだから」
雄大はやれやれと額に手を当てる、未来ばかりがライアンを振り回していると思っていたが、実はこの主従、どっちもどっちなのかもしれないな、と思う。
十七歳と十九歳、雄大の方が歳上であるのも手伝ってこの王子は弟感が否めない。
「王のやり方に納得出来ない、と仰られましたが、もしかしてまた親子で対立してるんですか?」
「非常に遺憾だが、そうだ。
父上の言ってることが僕には全く理解出来ない、怪奇すぎる」
話し合いの努力はしたけれど、聞く耳を持って貰えなかったということか。
内心でそりゃそうなるだろうと思いつつ、雄大はライアンのことを見る。
父親とは本当に真逆のことを考えるのが彼なのだ、分かり合えはすまい。
民の為、騎士の為に心を砕き、寄り添い、共感し……剣を捧げるならこういう人が良いと、未来が懐いている理由が雄大には何となく分かる。
「ライアン様に隠したり嘘をついたりしたくないので言いますが。
俺は今、我が王の真意を探っています」
その為の行動を起こそうとした矢先にさっきの事件に巻き込まれたわけだが。
余計なことは言わず、己の目的を伝えた雄大はライアンの言葉を待った。
「父上の真意か、何故そうなった?」
「不敬は承知の上で、我が王の意向が人類の平穏の為にあるものなのか、確かめなければと思いまして」
雄大の信じる聖王騎士としての正しさに従った行動であり、未来との約束。
ライアンは苦笑いしながら雄大に言う。
「そうか、お前が動いてくれるというなら心強いよ。
……無理ばかりさせてすまないな」
「貴方が気にすることは何もありませんよ、やりたいようにしているだけですから」
自分の力不足を嘆くような言動をするライアンに対して、雄大は安心させるように微笑みかけた。
「先程の騎士たち、これは王命だと口にしていましたが。ふたりとも様子が変でした、とても正気とは思えない。
何というか、はっきりとした自我を感じられなかったんです、夢現というか」
「父上の命令で一部の聖王騎士と軍人が拉致同然に民を
……夢現か、まるで夢遊病にでも罹っているようだな」
夢遊病、と雄大はライアンが言った言葉を鸚鵡返しに呟く。
騎士は病に罹らない、だから知識としてしかその病名は知らないけれど、確かに言い得て妙かもしれないと思う。
「何にせよ、聖王騎士たちに異変が起こっている、その原因は父上だろうな」
「確信がお有りで?」
今度、首を傾げたのは雄大の方だ。
ライアンは複雑そうに顔を歪めながら腕を組み、頷く。
「どんな方法を用いて事を起こしているのかまでは分からないが、やる理由ならある。
父上の理想は騎士が物言わぬ兵器でいる世界だ、強制的にでも騎士の自我を奪える方法があるとしたら……迷わず使うぞ、あの人は」
自我を奪う、と聞いて雄大は押し黙った。
自己で判断することなく、ただ
そういう代物に己がなる事を想像すると、背筋が冷たくなる。
「何を断言するにもまだ情報が足りません。
我が王に今一度、問わなくては……」
「何を、どう問うのだ?」
ライアンは自身の父のことを理解出来ないと言いながら、一番知っているのかもしれなかった。
対話を望み、融和を願っても彼の王は決して立ち止まらない、振り返らない、耳を貸さない、それを誰より分かっているからライアンは諦めたような目をしていた。
「問うたところで答えは得られまい」
「それを諦めてしまったら、真の平和には届きません、届くわけがない」
正義の騎士は厳しく、諦観する青年の思考を貫くように言う。
灰色の瞳をまじまじと見つめたライアンは、自嘲するように笑った。
「そうだな……お前の言う通りだ、雄大。
僕の選んだ道は絶対に、あの人を避けては通れない」
本当は誰より戦いたくない相手の前に立っている、己の状況を改めて理解してライアンは俯く。
悲観的な眼差しに幾つもの思いを込めて、生きていくしかないのが彼だ。
せめて、と思って雄大は祈った。
違う道を行くしかないとしてもいつか、この親子が目を見て話せる日がくるように。
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