「騎士寮の子どもたち」/1855年
4.「万能の奇跡」
「昔々、まだ人類が弱いだけの、無垢な生き物だった頃」
「『神』という異形はやってきました」
「人類はその時、初めて殺害されました」
「人類に戦う力はありません、逃げる勇気はありません」
神は次々に姿を現し、万能を使って人を殺していきました。
泣き叫ぶ人々の声が天に届いた時、箱庭を作った創造主は、人を守るための兵器をくれたのです。
「これは私が齎す七つの万能。
人を愛し導く騎士の王、箱庭に生きる人類よ、君たちはこれから驕り醜く進化することになる」
「君たちの進化を箱庭は許さないだろう。
だけど、どうか生きて」
優しい創造主の声は、希望を齎しました。
遣わされた七体の騎士王たちが神を倒してくれるので、やっと人類の為の箱庭に安全な場所が戻って来たのです。
神は現れ続け、天使も溢れて箱庭の大地は侵されていきました。
それでも騎士王たちは戦ってくれます、導いてくれます、人類の未来のために己の全てを賭してくれます。
箱庭の人類は思いました。
ああよかった、よかったなぁ。
これは人類が無垢で愚かだった頃。
昔々に始まった、青い惑星でのお話です。
◇ ◇ ◇
全部夢なら良いのにと、人間の少年は考えていた。
せめて目覚めなければよかった、幸せな夢だけずっと見て起きなければ、こんな現実を目にすることもなかったのに。
少年は壊れた家の下から這い出した。
瓦礫の間を抜けて、折れた足を引き摺りながら痛みに涙を流す。
それでも動かなければならないのは、此処にいたら死んでしまうから。
『き、き、ききききききき』
壊れた街の中から、ひしゃげた人の声みたいなものが聞こえてきた時、少年は絶望のあまり叫びも出なかった。
怖くて振り向けない、だけど確かに背後にいる何かが瓦礫を踏んで歩いてくる。
その間も、ききき、と奇怪な音、それは近付いてきて少年は必死に体を動かした。
にげろ、にげろ、にげろ──!
頭の中がいっぱいになる、足が折れてさえいなければ、建物がこんなに壊れていなければ、考えても何も解決しないことばかりが混乱した頭の中で錯綜した。
無力な人間はただ逃げる、体の色んなところをぶつけながら懸命に前へと進む。
そんな少年のことを嘲笑うように、目の前の地面に、細長い棒のような何かが突き刺さった。
刺さったそれは黒くて、硬い外殻の下側に肉の入った生き物の脚。
天使と呼称される人喰いの異形に追い付かれた少年は、涙を流して倒れ込んだ。
もうおしまいだ、なにもかもが。
動かなくなった少年の体を、地面から引き抜かれた脚が転がす。
遊ばれるように仰向けになった少年は、視界に飛び込んできた悍ましい存在を前に嘔吐した。
──巨大な、蟻を思わせる胴体。
人に良く似た口と強靭な顎がある。
光の輪を輝かせ、真っ白な二枚の羽が背から広がり、針金のような六本足。
神に生み出され使役される、人の天敵。
餌として身を晒した少年は何もかもを諦めた。
涙の向こう側で大口が開く、腐臭を感じながら少年は自分の死期を悟る。
どうしてこれが現実なんだ、こんなの、こんなのはいやだ。
「死にたくない」
少年が口にしたのは心底からの望み。
誰か助けて、誰でも良い、誰か。
叶わない願いであることは少年が一番分かっている。
それでも叫ばなければ気が済まなかった、最後の瞬間まで人間でいるために。
「だれか、たすけて!!」
──箱庭には、人に応える者がいる。
瓦礫の間を駆け抜けて、今にも食われそうになっている人間を救うため、細剣を引き抜いた騎士がいた。
純白の騎士服が揺れる、助走をつけた勢いのまま軽い動作で飛び上がる。
宙を舞った存在は、少女の形をしていた。
少年は地面から奇跡みたいに美しい存在のことを見上げる。
金色の長い髪、優美な細剣を右手に持った少女は、一振りで天使の頭をかち割った。
迸る血飛沫──。
『きぃいいぃいい??』
顎まで裂かれた天使の体は、呻き声を上げて真横に倒れる。
血の雨の中から降ってきた金色の騎士は、呆然としている少年に手を差し伸べた。
「ごきげんよう、人類のあなた」
呼び掛ける声は優しく、生き物とは思えないほど整った造形の彼女は微笑む。
答えられない少年のことを見つめながら騎士は言った。
「呼んでくれてありがとう。
おかげで助けに来れました」
翡翠色の瞳が、宝石のように輝いた。
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