2-表-2

 扉を背に、ふうっと息を吐いた。

 耳を澄ますと、どたばたとした足音とそれ以上に大きな怒声が遠ざかっていった。声は、いかにも憎々しげに斎藤と叫んでいた。

 数学の授業の最後に配られた小テストを白紙で提出したら、放課後、職員室前に呼び出され、俺の頭の悪さをひたすらにその教師は罵ってきた。それが、あまりにも酷くて、ほとんど俺の人格否定する勢いだった。さすがに我慢できず、教師が手に持っていた小テストの紙をひったくって、ビリビリに破って、教師の頭の上にそれを振りかけてから、急いで走って逃げてきたのだった。

 しばらくは、ここから出ない方が無難だろう。息を整えながら、俺は書架の方に足を向けた。

 とっさに入った図書室には、人はまばらだった。いや、図書委員の女子生徒が一人と、一番奥の机で勉強をしている男子生徒が一人だけだった。

 図書室に入るのは入学してから、四回目だった。三回は、国語の授業時間中に、図書室で本を借りるように強いられた時だ。それ、以外では、わざわざ入ってみようと思ったことすらなかった。

 書架を歩きながら、背表紙に何となく、目を通していく。せっかく、逃げて来て図書室に入ったから、俺は一冊、本を探すことにした。

 文庫本の棚らしきところで、その本を見つけることができた。それは、昨日読んだ、小説の続きの本、要するに昨日の本のシリーズの二巻目に当たるものだった。棚には、なぜか一巻目はなくて、二冊目しかなかった。

 見つけたはいいが、借りるかどうかは考えていなかった。正直言って、学校の図書室にライトノベルが置いてあるとは思ってなくて、試しに探していた感じだった。

 借りればまた返しに来なければならない。別にそうすればいいと言うだけの話だけど、なんというか今回は偶発的にここに来たわけであって、今度返すとしたら、自発的にここに来なければならないという話になる。でも、自発的にわざわざ図書室に来るということをめんどくさがってしない自分の姿が脳裏にちらついた。

 けど結局、俺は、書架から本を引き抜いて、カウンターの方に歩いて行った。最近、バイトもしていないし、財布の中が貧しかったのだ。

 図書委員の女の子の前に、本を差し出すと、ひっと、その子は、目線を上げた。少女の手には鉛筆があって、その下には、半分ほど文字で埋まった原稿用紙があった。その横には、結構な枚数の原稿用紙も重ねて置かれている。

「何書いてたの?」

 少女がファイルを開いて、貸し出しの記録を書きつけている間手持ち無沙汰で、パッと疑問に思ったことを口に出した。

「えっと、あの、その……、小説を……」

 言葉を詰まらせながらそう言って、少女は本を返してくれた。

「へぇ、すごいね。それじゃ」

 それだけ言って、そのまま図書室の扉を開けて外に出た。

 なんというか、読む側からすれば、小説を書く人はどういう頭をしてるんだろうというのが正直なところだ。色んな人格の人たちをかき分けて、読者の気持ちを揺さぶるように書くなんて、ただでさえ勉強のできない俺にとっては、それこそ魔法かなにかのように思える。

 でも、俺と同じ年齢の女の子が小説を書いていた。それを聞いた瞬間、俺には彼女が輝いて見えて、それと同時に、気分が少し沈んだ。

 手に持った小説の表紙を見て、世の中、すごい人ばかりだと、廊下を歩きながら呟いた。

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