2-表-1
聞き覚えのある音がくぐもって聞こえてきていることに気がついて、勢いよく上体を起こした。そこは、見慣れた自室で、音の源はどうやら机の上に置いてあるスマホからのようだった。目をこすりながらベットから降りて、スマホのアラームを消して、床に腰を下ろした。
寝ている間に、とても鮮明で具体的な夢を見た。俺は、異世界で魔導士になっていて、少女と出会って、竜に焼き殺されたり、生き返ったり、町に行ったりと、ひどく生々しく、それが現実であるかのように記憶に残っていた。でも、実際のところ、起きてしまえばただの夢だったことが否応なくわかる。あんな夢を見てしまったことに、少し自己嫌悪さえ感じた。
ともあれ、頭を振って立ち上がり、ぐっと背伸びをして、ドアを開けて、キッチンに向かう。朝のキッチンは冷えていて、寝起きでまだ温まっていない身体には少し酷だった。
炊飯器には三十分と表示されていて、蒸気を吐き出すような音で唸っている。冷蔵庫を開けて、中から昨日の朝作ったカレーの入っている鍋を取り出して、IHの上に置いて、電源を入れた。それともう一つ鍋を取り出して、水を入れて、IHで火にかける。温まるまでの間、野菜を切っておいて、火の通りにくいものは沸騰する前に、水の入った鍋の方に入れた。
一通り切るものを切り終えるて、昼飯を何を作ろうかとぼんやりしていると、昨日の昼、妹が炒飯を食べたいとlineで送ってきていたのを思い出して、中から卵を取り出して、溶いておいた。それと、追加で炒飯用の野菜も切った。
米が炊き上がるのとほぼ同時に水が沸騰して、柔らかい野菜を入れてから、炊飯器を開け、中の米をしゃもじでかき混ぜる。中にバターを塗って用意していたグラタン皿に米を入れて、ぐつぐつと煮立っているカレーを注いで、その上にチーズをのせてから、オーブンの中に入れた。
もう一つの鍋の方の灰汁をとって、出汁入り味噌を溶かしてから、フライパンを取り出して、具を炒めて、さらに御飯と卵を入れて強火で炒める。すぐに卵に火の通った炒飯を皿に移して、ラップをかけた。ついでに味噌汁の鍋の火も止めた。
これでおおよその作業工程も終わった。後は、ドリアが出来上がるまでの間、洗い物をしておけばいい。
フライパンにこびりついた米と卵をそぎ落としながら、今日の妹のご飯は、炒飯とカレードリアか、と思った。正直言って、あまり栄養価は良くないし、昨日もカレーだったから文句を言われかねないけど、そこは炒飯で手を打ってもうことにしよう。
洗い物を終えると、ちょうど、ドリアがいい感じで、ミトンで取り出して、ラップをかける。炒飯、ドリア、味噌汁の近くに保冷剤を置いてから、ドリアに余ったカレーを皿に入れて、白飯をよそって、やっと、朝ごはんだった。キッチンから見えるリビングの時計を見ればもう七時半だった。
あと一時間後には学校かと思って、昨日のことを思い出して、嫌になった。本当は、学校になんか行きたくはないけど、もし行かなかったら家まで、あの担任は来そうで、それだけは絶対に嫌だから、仕方ない。
いったいぜんたい、どうして嫌な思いをしてまで学校に行かされるのだろう。苦しい思いをして、勉強をさせられるのだろう。今の時代、勉強が全てでも、学校が全てでもないというのに。それに学校で教わることのほとんどは社会に出ても何の役にも立たないというのに。
自分以外誰もいないキッチンで、誰もいないリビングを見ながら、人知れずため息を吐いた。
八時になって、空になった皿とカレーの入っていた鍋を洗った。カレーは意外と汚れが取れにくい。ぬるぬると手にこびりついて、何回か洗わないと取れない。なんとなく、まとわりついて離れない、常識とか社会のしがらみとか、そんなものに似ているなと思った。
風呂に入って、洗濯してあった制服に着替えると、もう始業十五分前で、重たい足を引きずって、家から出て、鍵をかけた。空は俺の気分には似つかわしくないほど晴れていて、それがちょっと皮肉だった。
俺と同じように制服を着た人たちに何も考えずついて行く。俺の家から学校は近かった。それだけが、俺にとっての唯一の救いだった。登校に時間をかけることほど馬鹿馬鹿しいことはない。
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