【読み切り版】幼なじみにコクり続けて1000回、ラブコメの神が僕の恋を邪魔してくる⁉

白銀アクア

第1話 幼なじみにフラグは立ちません

「天衣……好きだ。僕と付き合ってくれ」


 言い終わったとたんに、ヒリヒリと喉が渇く。

 あわよくばと、一縷の望みに賭けて、彼女の顔を見る。


 僕と目が合うと、双葉ふたば天衣あいは微笑む。

 色素が薄い白銀の髪がパサリとなびく。滅多に風邪も引かない健康な子なのに、はかなさを感じさせる繊細な髪だ。守ってあげたくなる。シルクのような高級感あふれる手触りなも良い。


 薄紅色の瞳からは意志の強さが伝わってくる。深く澄んでいて、僕の顔が映っている。彼女の中にいる僕は補正がかかっている。「君の瞳は画像編集ソフトなの?」って言いたくなる。そのくらい、僕、土井どい慎一しんいちは現実とちがっていた。


(僕のことはともかく、天衣ってホントにかわいいよな)


 10年以上にわたって、一緒にいた幼なじみなのに、見るたびに綺麗だと思ってしまう。

 きっと活発さと、華奢さが奇跡的に同居しているからかもしれない。


 奇跡といえば――。

 これが、ちょうど1000回目だった。

 僕が天衣に告白した回数が。


(1000回目だ。ラブコメの神様、奇跡を起こしてくれ!)


 僕は天を見上げ、実在するかわからない神に祈る。見慣れた自室の天井が輝いていた。

 が。


「慎ちゃん、ごめーん」


 いつもの流れが僕を待っていた。


「慎ちゃんのこと世界一愛してる」

「う、うん」

「でも、幼なじみだからね。100万円のCPUを積んだPCで慎ちゃんとのこと研究してるんだ」

「……」

「でね、100億手を読み込ませても、無理っぽい」

「そ、そうなんだ」

「やっぱ、幼なじみにフラグは立たないよね」


 昨日コクったときは99億手だったんだけど。


(天衣、天才女子高生AI研究者だろ、AI超えの一手を見せてくれよ!)


 とまあ、こんな感じで撃沈である。

 理由は彼女が言うように、幼なじみだから。


 悔しいが、僕は苦笑いを浮かべる。さすがに、1000回目だ。今さら落ち込まない。

 すると、天衣は立ち上がり。


「慎ちゃん、だいしゅきホールドしちゃうぞ★」


 正面から抱きついてきた。

 イチゴのような芳香と、メロンのごとき双丘に僕の脳がやられそうになる。って、いうか最近また大きくなってないか。


「なっ、天衣さんっ⁉」


 フラれたばかりの人に抱きつかれるなんて、意味がわからない。

 動けずにいたら。


「じゃあ、あたし帰るから」


 幼なじみは離れていく。


「今夜も夜這いするから」

「ぶはっっ」


 天衣は愉快げに肩を震わせて、僕の部屋を出ていく。


 疲れが一気に押し寄せてくる。

 1000回もフラれたショックと、好きな人の温もりが僕の脳を支配する。


(ダメだ、僕!)


 自分の頬を叩く。痛みが僕を現実に引き戻す。

 もっと魅力的にならないと。いつか天衣に選んでもらえるような立派な男になりたいから。


 とりま、筋トレかな。筋肉はすべての問題を解決する。筋トレしてから予習。次に家事。特に料理スキル。あいつ、僕の料理好きだし、もっと腕を磨こう。


 などと、次回の告白に向けて希望に胸を膨らませていたら――。


「君、メンタル強すぎだね」


 突然、女性の声がして。

 びっくりした僕はPCを見る。間違って、動画が再生されたと思ったのだが、PCの電源は入っていない。


 首をかしげていると、目の前の空間が割れ。


「我は神じゃ」


 なにもないところから女の子が現れた。天衣より3歳ほど下だろうか、12歳ぐらいと思われる。


 謎の少女は天衣に劣らず美少女だった。

 まず、鮮やかな金髪。さらさらふんわり。神からはローズの香りが漂う。


 次いで、目を惹いたのは、幼い顔立ちと似つかわしくない大胆ボディ。天衣がメロンだとすれば、彼女はスイカ。小柄な身体に、こんな大きなものがついていて、姿勢制御が大丈夫なのかと心配したくなる。それぐらい、たわわに実っていた。


 西洋人形みたいな整った顔も、メチャクチャかわいい。

 天衣が日本一の美少女だとしたら、この子はヨーロッパ一の美少女だろう。


「どうした? 幼なじみから我に乗り換えるか?」

「いや、それはないから」


 思わず即答していた。謎の美少女の正体より僕にとっては大事なことだったから。


「そんなに天衣嬢を愛してるのだな。天衣あいだけに」


 つまらないギャグを言って、ニタニタ笑っている。


「……僕の家になんか用?」


 不審者に尋ねると。


「我は怪しい者ではない」

「ふーん」

「ラブコメの神じゃ」

「……ラブコメの神なんて、僕は信じないぞ」

「あれ? さっき、我に祈っておったのは誰かな?」


 ギクッ。なんで、この子、知ってるのかな?


「我はラブコメの神、アンテロース。恋愛のことなら任せるのじゃ」


 アンテロースとやらの瞳を見る。深い碧の瞳は澄み渡っていて、堂々と僕を見ている。


土井どい慎一しんいち君は3歳のときに、双葉ふたば天衣あいと出会い、一目惚れ。5歳で初告白して、見事に玉砕。以降、今日まで1000回告白して、すべて失敗しておる。幼なじみの好きなところは無垢な性格と、胸。特に、胸。『って、いうか最近また大きくなってないか』と感動しておったし」

「ぶはっっ!」

「どうやら正解だったようじゃな?」


 意味がわからない。全部、本当のことなんですけど。事実はともかく、考えていたことまで当たってるなんて。


「我は神じゃからな」


 なにもない空間から現れた時点で、普通じゃない。信じるしかないだろう。


「どうして、神様が僕のところに?」

「単刀直入に言う。幼なじみは諦めろ」


 うわっ。神様直々に来られたか。

 警察だったらわかるんだけど。いまさらだけど、1000回もコクったら、ストーカーと思われてもしょうがないかも。


 自分の異常性は認識しつつも、他人に指図されるのが気に入らない。天衣にはフラれるだけで、告白するなと言われたことないし。


「僕と天衣の問題なんだけど?」

「君、天衣ちゃんがAI超えするのを夢見てるでしょ?」

「ああ。天衣が気にしてるのは、幼なじみにフラグが立つパターンがないってこと。恋愛ゲームで例えると、僕と彼女が付き合ったら、バッドエンドになるらしくて」


 理解してもらえるとは思わないが、天衣が言っていることをそのまま伝える。

 だというのに。


「さすが、天才。神である我と同じ結論に至るとは」


 ラブコメの神はうんうんとうなずいていた。それだけで胸が揺れるから目に悪い。天衣以外の胸には興味ないんだけど、どうしても目がつられるからね。


「天衣嬢が言うとおりだ。君たちが付き合っても、ハッピーエンドにはならない」

「ハッピーエンドにはならない?」


 ハッピーでなくても、普通でいられればいい。そう期待したところ。


「言い方が悪かった」


 アンテロースは素直に頭を下げると、急に顔を硬くして。


「君たちが付き合ったら、いずれ人類が滅ぶ」

「……………………………………………………………………………………はい?」


 思わず間の抜けた声が出た。


(この子、何を言ってるのかな?)


「だから、君たちが結ばれると、人類が滅ぶの」

「どうして?」

「20年後、AIが人類に反乱を起こすのさ。人類がいたら地球はダメになると、人類を追放するのじゃ」

「そんな一昔前のSFみたいな」


 ありえないと言おうとして、思いとどまった。


『AIは人類に反乱起こすかも』

 そう天衣が言っていたから。僕の幼なじみは天才AI研究者。某世界的大企業に自作のAIエンジンを提供している。

 そんな天衣が、大真面目にAIの反乱は荒唐無稽ではないと語っていた。


 信じるに値する話だ。


「ただし、天衣嬢がAIの反乱を防ぐんだよね」

「そ、そうなんだ」


 すげえな。さすが、天衣。感動していたら。


「でも、君たちが結ばれると、彼女は死んでしまう」

「えっ?」


 意味がわからない。


「どうして、未来のことなのに、断言できるの?」

「我は神だからな。時を支配する神から、何度も未来の情報が送られてきた」

「未来の情報?」

「ああ。たとえば」


 彼女は腕を組む。だから、胸を強調するのはやめろください。


「ケース19604。君たちが高2の夏休みに付き合うパターン。交際から1ヵ月後、天衣嬢は交通事故で死ぬ」

「マジ?」

「ケース2045643。君たちに子どもが生まれるが、その後、彼女は難病に冒されて亡くなる」


 信じたくない。けれど、アンテロースは人智を超える存在だ。僕を騙す動機もない。


「他にもあるぞ。通り魔や、君が死んだことを苦にしての自殺、出張先で大地震に巻き込まれるなんてのも」


 ショックすぎて、声も出ない。


「時の神によると、1京以上の並行世界があるようじゃ。君たちが付き合うと、いずれのケースでも彼女が死ぬ。結果、AIが人類を滅ぼすというわけじゃ」

「くっ」

「時の神は我に頼んだ。恋愛を司る権能を使って、君たちの恋を邪魔するようにと」


 それで話が繋がった。

 人類のためには僕と天衣は付き合うのは良くない。だから、僕の恋を邪魔したい。

 動機は理解できたが。


「なんで? 僕は1000回も振られているのに。なにもしなくても、僕と天衣は付き合わないはず」

「時の神によれば、我が邪魔しないかぎり、君たちは絶対に付き合うようじゃ」

「なんだって⁉」


 叫んでしまった。


「君と天衣は両片想いなんだよね」


 天衣の気持ちがわかってうれしくなる。と同時に、やるせなくなった。


「なんで、僕の邪魔をしたの!」

「……そんなに幼なじみと人類を殺したいのか?」


 そう言われたら、言葉に詰まる。


「だから、悪い。天衣嬢のことは諦めてくれ」


 アンテロースが頭を下げる。


「我もラブコメの神。本来なら、恋をする者を応援したい。じゃが、人類の未来には帰られぬ」


 悔しそうに声が震えていた。


「もちろん、ただでとは言わない。ラブコメの神の力を使って、君がモテるように全力で応援する。意図的にラキスケを起こし、美少女と楽しめるようにしてやろう」

「……そこまで言うなら、わかった」


 受け入れるしかない。

 好きな人を守るために。


「おお、さすが、我が見込んだ少年。我の胸を思う存分揉むがええ」

「……それは、さすがに」

「遠慮することないのに」

「遠慮なんかじゃないし」


 神を名乗っていても、見た目が年下だし、犯罪してるみたいなんだよね。

 手を横に振って、断ったつもりが。


 1メートルは離れていたはずのアンテロースが目の前にいて。

 慌てて手を止めようとしたが。


 ――ふにゅふにゅ。


 間に合わなかった。

 メチャクチャ柔らかいモノを僕は掴んでいた。


(手のひらに収まりきれないんですけど⁉)


「いまのは我の力でラキスケを起こしたのじゃ」


 ラブコメの神は得意げに笑いながら、空中に溶け込むように姿を消していた。


   ○


 以来、僕が天衣に告白したことは一回もない。

 僕と彼女は仲が良い幼なじみ。放課後は毎日のようにじゃれ合い、朝は彼女が起こしに来て、彼女の弁当は僕が作って。


 告白していたときと同じような生活を送っている。


 これでいい。

 彼女と付き合えなくても。

 僕は幼なじみが好きだから。


 生きてさえいれば。

 いつか未来は変わるかもしれないから。


 AIも、時の神も、ラブコメの神も。

 誰もが予測できなくても、僕と幼なじみが恋人になれる可能性はゼロじゃないから。


 これからも、ずっと。

 今のままでいよう。

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