第2話

「Iくん遅いわね……」

 『少し遅れます』そう言っていたらしいIさんだけれど、少しというには大分遅れていた。

「お仕事、忙しいみたいですしね」

「そうよねぇ。大丈夫かしら?」

 実はこの会、予定を決めるのが大変だった。みんなの休みが会わなくて。特にIさんは昼夜問わずお仕事が入ることがあるらしく。今日も、Iさんの休みに会わせてなんとか全員の都合をつけた形となっている。その所為でIさんは大分恐縮していた感じだけれども、私たち全員がIさんに会いたかった。

「連絡も来ないですしね……」

 そんな会話をしていた時だった。店の扉が開く音がしたのは。

「すみません……遅れました」

 立っていたのは、凛とした表現が合うだろうか。ビシッとまっすぐ立立っている男性だ。ただ、何故か息がきれている。遅れるにしても、そんなに急ぐことはなかったのに……。そう思っているところで、再び扉が開いた。

「待てって言ってるだろ!」

 そんなドスの聞いた声と共に。

「えぇっと……Iくんよね?」

「あいくん?」

Naoさんの問いかけに対して、眉間にシワを寄せながら返事をしたのは後から入ってきた方だ。

「あ、はい。Iです。すみません……わかっただろ?お前は帰れ」

 前半は私達に向かって申し訳なさそうに、後半はこれ以上ないほど顔をしかめて後ろの彼に、Iさんは言う。

「あー。なるほどIね……。じゃあ俺はSで!」

「おい!」

「えっと、彼は?」

「職場の同僚で」

「こいつの恋人でーす」

「違います。本当にすみません、勝手に……巻けなくて」

 もしかしなくても、遅刻の原因は仕事ではなく彼だろうか。

「はぁ!?やっぱり巻こうとしてたわけ?」

「当たり前だろ。友達と会うだけだって言ってるのに、なんで着いてくるんだ」

「俺、お前のそういう面に対しては信用してないから」

「そもそも、俺とお前は付き合ってない」

「……なんでそうなんの?」

「はーい、入り口で痴話喧嘩しない。Iくんと……Sくんだっけ?ちょっと落ち着きなさい。女の子達が怖がってるでしょう」

 刺々しい雰囲気のIさんとSさんの間に割って入ったのはNaoさんだ。気づけば、アキさんとカイさんも、いつでも立ち上がれるように準備をしていた。

 チラリとこっちの様子を確認したIさんは、私達の様子を見て顔色をなくした。

「んー、そうね。俺ら場違いみたいだし。今日は帰るね。お邪魔しました~」

 Sさんは軽い台詞とは裏腹に怒気の混じった低い声でそう言い、Iさんの腕を掴んだまま、外に出ていこうとしていた。

「待ちなさい」

「何?」

「そんな状態で帰せる分けないでしょう?」

「あんたには関係なくない?」

「関係あるわよ!友達が今にも暴力振るいそうな男に連れていかれかけてたら止めるに決まってるでしょう!?」

 Naoさんの言葉に、Sさんがピタリと動きを止めた。

「え?」

 と。ぱちくりまばたきをする顔からは先程までの人を殺しそうな……なんていったら失礼かもしれないが、そう思えるほどの威圧感は消えていた。

「俺、そんな顔してた……」

「してたわよ!超怖い顔してたわよ!Iくん、なんなのこの男!」

「本当にすみません……。こいつ一応そういう事はしない……筈なので……?」

「おい、まて。なんで首を傾げながら言う?」

「現在進行形で人を殺しそうな顔してるからだよ」

「……まじ?」

「まじ」

「職業病~~~~」

「うるさい。俺は慣れてるからいいけど、他の人達を怖がらせるな」

「ほんっっっとうにごめんね!……うわ、本当に怖がられてるじゃん……」

「警察よばれなくてよかったな」

「俺が!警察!」

 Sさんの言葉に「は?」「はぁ!?」「え」「馬鹿……」というそれぞれの声が重なった。誰がどれかはわからなったが、最後のは間違いなく自分の顔を押さえながら俯いたIさんだ。

 ちなみに、Sさんは本当に数分前からは想像がつかないくらい柔らかい雰囲気を醸し出している。

「なるほど……。だから忙しそうだったのねぇ」

 その中でNaoさんだけがマイペースに呟いていた。


 結局、そのままSさんごと席に案内されて予定通りオフ会が再開された。Iさんだけ、どこか居心地悪そうに。

 そんなIさんにゆうさんが言う。

「大丈夫だよ。飛び入り参加はSさんだけじゃないから!うちの馬鹿兄貴もだから」

「しかし……」

「まぁ、あの痴話喧嘩にはびっくりしたけど」

「痴話喧嘩では……」

「Iくん……なんでそんなにややこしい事になってるの?」

「それは……」

 Iさんは席についてから、皆の勢いに圧されまくっていた。

「どうせアレだろ?また一人でグダグダ悩んで」

 Sさんが若干やさぐれた様に言い捨てた。

「別に悩んでない」

「でも、俺が他の……多分女の人と結婚すればいいと思ってる」

 その言葉を聞いてIさんが黙った。

「図星だろ?あのな、俺が好きなのは定年までお前だけだから」

「定年?」

「そう!定年までお互いに好き同士だったら一緒に住もうね、って約束してんの。これはもうお付き合いしてるでしょ?」

「俺は……」

「お前の事なんて好きじゃない?そういう嘘通用しないからね」

「でも」

「Iくんはさぁ。俺がデミ?セクシャルだっけ?そういう感じなの気にしてんの?」

「は?まて、お前なんで」

「調べるっての!好きな人の事ぐらい。特にお前面倒くさい性格してんじゃん!……で、LGBTっての調べてたらその中に身に覚えがありすぎるヤツがあってさ。あぁ、俺これなのかって」

 絶句。まさに今のIさんを表現するのにこれ以上の言葉はなかった。

 そして、この場にいる全員が気付いた。友達のデミセクシャルの正体と、Iさんが珍しく私達に相談するほど煮詰まっていた理由に。

 つまり。デミセクシャルの想い人に迫られて、どうすればいいのかわからなくなっていたんだと。

「Iくん。可愛いわね」

「駄目駄目!Iは俺のだから」

「取らないわよ。私にはもう最愛のパートナーがいるもの」

「え、そうなの?」

「そうよー。もう……十……何年になるかしら?」

「そんなに長いの?秘訣教えて!」

「取り敢えず言えるのは、暴力は駄目よ絶対」

「わかってる!ふるわない!」

「あと、束縛過ぎるのもよくないわ」

「束縛……」

「友達との飲み会ぐらい笑顔で見送りなさい」

「でもさー。これだよ?悩みすぎた挙げ句暴走して、変な男に捕まらないか心配」

「あぁ……それは、そうね……」

「大丈夫ですから!これでも相手はちゃんと選んで……」

 SさんとNaoさんの会話に、Iさんが割り込む。でもそれは……

「へぇ」

 完全に、逆効果だと思います……。と思ったところでもう遅かった。

「いや、今はもう……会ってない」

 Iさんの声は尻すぼみに消えていく。真っ赤な顔を隠しながら。

「Sくん……ちゃんと愛されてるみたいよ」

「そうみたい」

 同じく顔を赤くしたSさんはIさんと共に、もみくちゃにされていた。アキさんとゆうさん、そしてささみさんは強い。


「いいなぁ……」

 ぽつりと呟いたよは紅葉さんだった。キョトンとした顔のIさんとSさんに見つめられた紅葉さんは「あ、えっと……」なんて戸惑いながら苦笑いしている。

「なに?紅葉ちゃんもそういうお年頃?」

「んー、なんていうか。私今まで人を好きになったことがなくて。なんか、女とか男とか。そんな友達との会話にも疲れちゃって……。そういうの気にしなくていい関係って羨ましいなって」

「そういうのに疲れたらいつでも来なさい」

「でも」

「いいのよ。お友達だし。アキちゃんなんて呼ばなくても来るわよ」

「俺ここ好きだから」

「それはありがとう」

「好きだから……じゃねぇよ。少しは遠慮しろ」

「本当にそうだよ。ごめんね、カイちゃん、Naoさん」

「まぁ、アキちゃん愉快だからいいんだけどね」

「でしょー?」

「アキくん多分誉められてないよ」

「……まじ?」

 ささみさんのツッコミにアキさんは急に真顔になった。

「おまえ、ほんと馬鹿……」

 何故か恥ずかしそうにしているのはカイさんとゆうさんで。それがまた笑いを誘う。

「ほんと、こういう空間いいなぁ……」

「紅葉さんもその一員でしょ?」

「そうなれてる?」

「なれてるよ」

「そっかぁ。なら、嬉しいな」

 Naoさんは年上だけど、それ以外は多少の誤差はあれど、全員アラサーと言える範囲の集団。一人だけ下の方に年齢が離れている紅葉さんには少し居心地が悪かったのかもしれない。

 ここにきて、ようやく笑顔が見えるようになってきた。

「寂しいこと言わないで?私たちは年齢が違っても友達だと思ってるのよ?」

「そう、ですよね。ごめんなさい」

「かーわいー。妹ってこんな感じ?」

 と、紅葉さんに飛び付いたのはゆうさんだ。

「いや、俺の妹よりはるかに可愛いな」

 そういったアキさんはゆうさんにどつかれ、「シスコンの癖に……」というカイさんに追い討ちをかけられていた。


「ところでアイちゃん。今日は飲んでないみたいだけど、お酒飲めなかったかしら?」

 Naoさんに聞かれて思わず苦笑いを返す。

「そういう訳じゃないんですけど、今は……」

 そういってお腹をさすったのは無意識だった。

「まさか!」

 入籍した時には、すぐに皆へと報告した。いろいろ心配をかけていたから。でも、今回はなんとなく言い出せなくて、そのままになっていたのだ。嬉しそうな声をあげたNaoさんに、頷く。

「できました」

 と。

 一瞬間をおいて、次の瞬間くしゃくしゃにされたのは私だった。

「おめでとう!」

「なんで言わないの!?」

「え、大丈夫?つわりとか。つらくない?」

 だとか。私の体に配慮してくれながらも大いに盛り上がる。

「えっと、その……」

「よかったぁ……」

 そういって、顔をくしゃくしゃにして泣いていたのはささみさん。

「え、ちょっとささみさん!?」

「だってぇ……、ずっと子供ほしいって言ってたでしょ?よかった。嬉しい……」

「……うん。ありがとう」

 ここにいる殆どの人は、パートナーと間に子供を作るのが難しい。だから、私だけこの奇跡を手に入れていいのか。罪悪感があった。けれど、こんなに喜んでくれるならもっと早くに云うべきだったのかもしれないと思う。

「次の会は、うちで。この子にあってくれませんか?」

 そう言った私に、皆笑顔でうなずいてくれる。

「Iさんも、Sさんと一緒に」

「もちろん」

「俺も、行っていいの?」

「えぇ。Iさんの大切な人ですから」

「うん、ありがとう」

 微笑むSさんを見守るIさんは、私と私のお腹に話しかける聡さんにそっくりな優しい目をしていた。


「ねぇ、兄貴。遺伝子頂戴」

「は?」

 突然のゆうさんの言葉に面食らったのはアキさんだけではない。

「だって!子供欲しくなっちゃったんだもん。兄貴の遺伝子はほぼ私の遺伝子でしょ?」

「いや、違うだろ……」

「大元は一緒だよ。兄貴が子供欲しくなったときは私の腹貸すからさ」

「まて。言いたいことはいろいろあるが、まて。まず、さんと話し合ってこい。それから家族会議だ」

「うん……そうする」

 

 私は、まだまだ未熟だった。家族の形に決まった形なんてない。そう知っていた筈なのに。私の知らない幸せの形が、まだまだたくさんあるらしい。

 ゆうさんも、アキさんも。カイさんも紅葉さんも、IさんもSさんも、Naoさんも、ささみさんも。

 みんながなんの憂いもなく幸せになれる未来が来ればいいと思う。

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アイのカタチ あおやま えこ @aoy_eko

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