#5 捜査開始

「ルイは物心ついた時からこのサーカスにいるって言ったな?お父さんやお母さんはどうしたんだ?」


コランは助手のことを少しでも知っておこうと、ルイに質問した。


「僕たち双子には両親がどんな人だったのかはわかりません。団長の話だと、サーカス小屋の近くで僕たちは捨てられていたみたいで…人がいい団長はそんな僕たちを見捨てることができず、連れて帰って育ててくれたんです。団長が拾ってくれなければ、僕たちは死んでいたかもしれません…本当に団長には感謝しています。」


「そうか…」


命の恩人でもある団長が殺されたとなると真相を明らかにしたいと思ったことに納得がいく。ただ、犯人が分かって復讐なんて気を起こさなければいいが…コランは少し心配した。


「ここが僕たちの部屋です。」


団員たちの部屋は簡易的ではあるがしっかり個室になっている。ルイはその一室、彼と双子の妹、エリの部屋に案内してくれた。彼女に話を聞くためだ。ルイと一緒なら一番話が聞きやすいだろうという考えのもとの行動だ。彼は自室でもある部屋の扉をノックする。しかし、返事はなかった。ルイはもう一度ノックをしてから扉を開けた。しかし、部屋には誰もいなかった。


「部屋にいると思ったのに…」


ルイはエリが部屋にいないことに驚いているようだった。


「練習にでも出たんじゃないか?」



「エリも団長が死んで僕と同じくらいにショックを受けてるはずです…そんな時に悠長に練習だなんて考えにくいです。」


「じゃあ、一体どこ行ったんだ?」


「それは…分かりませんが。」


「昨夜はエリと一緒だったのか?」


「はい…23時過ぎに僕が部屋に帰ってきたらエリはもう寝ていました。僕もその後すぐ眠りについて…一度ドアが開いたのでトイレにでも立ったと思うんんですけど。朝も僕らは一緒にいました。」


殺人犯がいる以上、エリがいないのは心配だが、トイレにでもいるか、ルイが思ってるよりも彼女はタフで、練習に出ているかもしれない。どちらにせよ、ここにいても仕方がないので、エリのことも探しながら、他の人の話を聞きに行くことにする。


部屋を出ると、隣の部屋の扉も開いた。出てきたのは道化師のジャックだった。コランの顔は少し引きつった。ちょっとした口論になってからコランは少し彼に苦手意識を持っている。もう少し後でジャックからは話を聞きたかったが、出くわしてしまったのだから仕方がない。向こうはなぜかこちらをまじまじと見つめているし。


「おや。珍しい組み合わせだな。」


ジャックはこちらに声をかけてきた。こちらをじろじろ見ていたのルイとコランの組み合わせを珍しいと思ったからなようだ。確かにルイはコランだけでなく、他の雇われ楽隊の人たちといることは少なかったように思う。


「ジャックさん。今朝の件で気になることがあったんで皆さんに聞いて回ってるんです。」


ルイは包み隠すことなく、ジャックに捜査について話した。ルイの方はジャックを慕っているようだ。コランと話す時よりも言葉が詰まらない。


「探偵ごっこか?お前団長に懐いてたもんな。別に構わないが、本番はしっかり頼むぞ」


ルイは冷静を装っているが、団長が死んでしまったことに対してショックを受けていることはわかる。しかしこのジャックという男、今朝もそうだが人1人死んでいるというのに割とあっさりしている。口から出るのも本番のステージのことばかり。ショーそのものにストイックすぎるあまりに、他人に対して薄情な性格なのか…なんだか読めない男だ。ジャックとの話はルイに任せることにした。


「昨日ジャックさんが最後に団長に会ったのはいつですか?」


「最後に見たのは昨夜のミーティングの時だ。それから団長の姿は見ていない。」


「ジャックさん、昨夜は何してたんですか?」


「食堂で食事を終えた後、俺はテントでずっと練習をしていたぞ。そうだな…確か0時くらいまで。夢中になってたらそんな時間になってたな。そのあとはこの部屋に戻って休んだよ。そうそう、夜中にトイレに起きたんだけど、モーリスにあったな。なんだかオロオロしているようにも見えた。」


「昨晩レオンが鳴くのを聞きましたか?」


ルイは次々に質問をする。


「いいや、練習中も、夜中に起きた時もレオンは大人しかったと思うぜ。」


ジャックは右手を顎に当て、記憶を辿りながら話しているようだった。顎に当てられた親指には絆創膏が貼られていた。血が滲んでいたためだいぶ新しそうな傷だ。


「その親指の傷はどうしたんですか?」


コランはどうも傷が気になり、ジャックに質問した。苦手な人間だからといっていつまでも沈黙を貫いている場合ではない。ジャックはルイへの態度と特に変えることなく、コランの質問に答えた。


「あぁ、これ。昨日ジャグリングナイフをぶん投げていたらできた傷だよ。久しぶりに使ったからちょっと油断してしまってね。」


道化師であるジャックはステージ上でジャグリングを披露することもある。ボールはもちろん、棒のような形状のクラブ、そしてクラブの先端に火をつけるファイヤートーチなど、投げるものは様々だ。ナイフを投げる演目もあると聞いたことはあったが、コランはジャックが本番中にジャグリングナイフを投げている姿を見たことがない。以前、ナイフは危険であることは間違いないが、ファイヤーほど見栄えがしない…みたいなことを団長が言っているのを聞いたことがあるような気がする。


「そろそろ失礼していいかい?今日の段取りを裏方たちと取らなきゃいけないんだけど…」


「はい、ありがとうございました。あと一つだけ…」


ルイは申し訳なさそうに言った。


「エリを見ませんでしたか?」


「いや、見てないけど?練習しにテントにでも行ったんじゃないか?」


「もしエリを見かけたら、ルイが探していたって伝えてください。」


「わかった、伝えておく。」


ジャックはそういうとテントの方へと歩いていった。


「ルイから見てジャックは団長と何かトラブルがあったりしたか?」


ジャックの後ろ姿がだいぶ遠くなってからコランはルイに質問した。


「いいえ。僕の知る限り、ジャックさんは他人とトラブルを起こしたことはないです。ただ、パフォーマンスに対しては人にも自分にも厳しくて、団員の中には団長以上に恐れている人とかいるみたいです。」


「なんか、その、団長とジャックで方向性の違いとかで喧嘩になったこととかないのか?」


今まで見た感じとルイの話からこのサーカスのナンバー2は道化師である彼なような気がする。このサーカスをのっとるために団長を殺したというのは動機としては十分にあり得そうだ。


「団長さんとジャックさんが喧嘩しているのを僕は見たことがないです。むしろ団長とよく喧嘩していたのは指揮者のモーリスさんですね。団長室でお二人が大声で話しているのをよく聞きました。」


モーリスはよっぽど楽隊を雇ってくれないことが不満らしかった。コランとしてはあまり疑いたくはないが、夜中に何をしていたか、何か不審なことはなかったかを聞くためにも次は彼のところに行く必要がありそうだ。


「次はモーリスのところに話を聞きに行こう。案内してくれ。」


コランはルイにそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る