#4 空中ブランコ乗りの兄

双子の片割れであるルイ。彼は12歳の少年だ。サーカスの中でも最年少である。しかし、あまり似ていない双子の妹と共に見せる空中ブランコは客からも人気が高い。堂々とステージに立つ姿は、とても12歳には見えない。だが、今、コランの目の前に立つルイはステージの上とは打って変わって、とてもおどおどしているように見えた。


「コランさんは…団長が誰かに殺されてるって言いましたよね?」


「あぁ、そうだが。」


頭部の傷、首の跡…どちらが死因となったのかは今の時点ではわからないが、首の跡は自分でつけることは不可能だ。誰かが団長の首を絞めたとしか思えない。

「団長は僕の、僕ら双子の父のような存在でした。そんな団長が誰かに殺されてしまって、僕はとても悲しいし、犯人を許すことができません……ましてや罪も償わずに逃げ切ろうとまでしている……僕は団長を殺した犯人を知りたい。そしてちゃんと罪を償ってほしい。コランさんは犯人を探そうとしているんでしょ?ぼ、僕にも協力させてください……」


言い終えると、ルイはコランに頭を下げた。コランは頭を抱えた。


「君のような少年が何か役に立つのか?」


警察不在、犯人は野放しのままという状況。本番前までには犯人を縛り上げ、ショーが終わったタイミングで警察に犯人を聞き渡しておきたいところだ。役に立つのであればいいが、足手纏いになるくらいなら協力はいらない。ルイはしばらく考えるように足元を見ていたが、伝える内容がまとまったらしく、コランの方へと向き直った。


「僕は物心ついた時からこのサーカスにいます。コランさんよりは団員たちのことを把握しているつもりです…団員に何か聞くとき…きっと役に立つと思うんです。」


ルイの言う通り、コランはこのサーカスに来て1週間しか経っていない。団長と団員との関係もよくわからない。実際、コランはルイとエリが団長のことを父のように慕っていたなんて知らなかった。が、ルイを助手として置く理由としては少し弱かった。


「申し訳ないけど、君の手を借りなくても俺は大丈夫だ。君はショーに備えて…」


「コランさんが不審な動きをしてるって…ぼ、僕、言いふらしちゃいますよ!」


コランの言葉を遮って、ルイは言った。懸命に絞り出しているような声だった。


「コランさんよりも僕の方が団内での信頼はあるはずです…こんな時に不審な動きをしていたなんて言ったらきっと…だ、団長を殺した犯人だってみんな疑うはずです…ジャックさんあたりが身動き取れないようにしちゃうかもしれないですよ…」


コランはしばらくルイを睨みつけていたが、それにも疲れ、はぁとため息をついた。このサーカスの中ではコランよりもルイの方が信頼はあるだろう。どこの馬の骨とも知らないアコーディオン弾きが怪しい動きをしていると言いふらされてしまうと、警察を呼ばない彼らのことだ、捕まることはないにしろ、捜査はしづらくなるだろう。ルイはおどおどしているが、意外と頑固そうだった。これを断ってもまだ引き下がってくるに違いない。


「しょうがないな。好きにしろ。」


これ以上不毛なやりとりをしている時間が無駄だと感じたコランはルイを一時的に助手として雇うことにした。


ルイが来てからも相変わらず檻の中のレオンは歯をむき出しにして吠え続けていた。


「全く、ここのライオンは威勢がいいな。ステージでよく暴れないでいる。」


「レオンは団長とマリーさん以外が近づくと威嚇してくるんです。だからレオンのお世話は団長かマリーさんにしかできないんです。」


だから、このライオンはずっと吠えているのかとコランは納得していたが、一つ疑問が出てきた。


「死体があったのはこのレオンの檻の前、しかも凶器はショーで使っているであろう鞭…もし夜中からマリーが死体を発見するまでにこのライオンが吠えていなかったら…」


「マリーさんにしか犯行は不可能だと思います……僕、昨夜はレオンの鳴き声を聴いてませんし……」


ルイはキッパリと言い切った。彼もマリーのことは嫌いなのだろうか。


「まだ決めつけるには早い。君が聞いていなくても、誰かが夜中にライオンの鳴く声を聞いているかもしれない。それにあからさまに鞭が置いてあるのも気になる。マリーが団長を殺したのであれば、遺体を見て叫ぶ前に回収することだってできたはずだ。」


今朝の叫び声からしておそらく死体の第一発見者はマリーであろう。彼女が犯人であるのならわざわざ死体があることを周りに知らせるのもわからない。


「誰かがマリーさんに罪をなすりつけようとしているってことですか?」


「その可能性は十分にあると思う。」


ライオンのことは、雇われた楽隊たちはおそらく知らないだろう。だとするとライオンが、団長とマリー以外には威嚇をするということを知っている団員の犯行であることは絞れるのではないだろうか。


「とりあえず今知りたいのは昨晩、ライオンの声を聞いた人がいるのか、そして団長が一体いつ殺されたのか…死亡推定時刻だな。ルイ、君が団長に最後にあったのはいつだ?」


「22時30分ごろに団長の部屋で一緒にお話していて、23時ごろに引き上げたので…団長を見たのは…それが最後です。」


ルイの言葉はまるでだんだんと下へ落ちていくかのように小さくなっていった。団長の生きている姿をもう見ることができないという現実を改めて突きつけられているようだった。


「そうか。他に昨夜団長の姿を見たものがいるか、聞いて回ろう。」


「コランさん、誰がどこの部屋なのかわからないでしょう。僕が案内します。」


レオンが一声唸るのを背後に聞きながら、ルイはコランの前を歩いた。確かに団員の部屋までは把握していないし、団員であるルイがいれば、多少聞きづらいことも聞き出せるかもしれない、案外助手についてもらって正解だったかもと思いながらコランは案内役の後ろをついて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る