12嫁 大賢者ソフィア(4) ヒーラー

「――瞬間を永遠に。永遠を瞬間に」




 ソフィアは記憶魔法を詠唱した。




 チキュウはソフィアたちの世界に比べて精霊が極端に少ないので、ジャンのような規格外でなければ魔法を使用は難しいのだが、さすがに大賢者のソフィアとなればこの程度なら何とかなる。




 マンガを一冊あたり十秒ほどで読破していく。




 チキュウにおいては速読という似たようなスキルあるらしいが、それよりさらに速く精度も高い。




(……スノーの出番がどんどん減っていく)




 学院が裏切者の手引きにより壊滅したり、その裏切者がダイ王子の騎士のミスラだったり、父親を装った敵が出てきてダイ王子の心が揺らいだけど、それを乗り越えてパワーアップしたりとどんどんストーリーは展開していくが、ソフィアはそんなところは気にしていなかった。








『ありがとう。アイナ。おかげで助かったよ』




『いえ……私なんてみなさんのように戦うこともできませんし』




『そんなことないよ。アイナは夜も寝ずに俺たちを治してくれたじゃないか』






 ダイ王子の側にいて、誰よりも傷ついて身体を張ってるのはスノーなのだが、演出上は全てあっさり流されて、物語の焦点はダイ王子とアイナの関係性に当てられている。それが気に食わない。




(……汚いさすがヒーラー汚い)




 ソフィアたちの世界でも、ヒーラー――すなわち光の神官という生き物は不当に優遇されていた。




 戦場では最終的にヒーラーたちのやる気如何いかんによって、生死が決まることも多い。




 誰だって、自分が一番早く、良く傷を治して欲しいのは当然だ。




 だから、前線で戦う兵士たちの多くが彼女たちに媚びがちなのはある意味では仕方のないことだ。




 だが、それを抜きにして、プライベートな場においても、彼女たちはちやほやされているように思えた。




 『癒やす』ことを生業にしたヒーラーという職業そのものが、男性が女性に求める母性を想起させるのか、とにかく彼女たちは男性によくモテた。




 だが、よく考えてみて欲しい。




 戦場でもっとも狙われやすいのは、勝負の決め手となる魔法を放つ魔術師である。




 そして、最も多くの敵を倒すのも魔術師だ。




 多くの敵を倒すということは、その敵にやられるはずだった味方をその分救っている訳である。だから、結果的に一番多くの兵士の命を守っているのは魔術師なのだ。




 それなのに、なぜ、男どもはヒーラーばかりちやほやするのか。




 ――という、愚痴をこぼす女魔術師を、ソフィアは戦場で良く目にしたものだ。




 どうも前線でバリバリ人を殺しまくる女というのは、いざ恋愛対象として見た時に魅力的ではないらしい。




 当時は、ジャン以外の男には露ほども興味がなかったので、ソフィア個人は特に不満はなかったのだが、こうしてマンガの登場人物に感情移入してみると、彼女たちが意中の男をヒーラーに取られて嘆いていた気持ちがよくわかった。




(どう考えても戦闘における貢献度はスノーの方が高いのに。この主人公の目は節穴に違いない。論功行賞は適切に行わなければ一軍の指揮に関わる)




 巻を追うごとに、親密度を増していくダイ王子とアイナを見ながら、ソフィアは無表情のまま震えた。




 少なくともジャンはこのマンガの主人公の様にヒーラーを優遇することはなかった。




 ジャン自身が、ヒーラーも戦士も魔術師も何でもできるからということもあるだろうが、活躍に見合う待遇を常に心がけていた。




 その後、スノーはフラグメンツの一人だと判明し、物語においてはそれなりに重要人物であり続けた。




 色々あって、フラグメンツは全部集まり、なんやかんやで魔王を倒してハッピーエンド。




 エピローグに突入する。








『……私はダイが好き』




『ごめん。スノーは大切なボクの戦友だけれど、そういう目では見られない』




『……そう』








 ブン!




 ソフィアは読み終わった『フォーフラグメンツ』の最終巻をぶん投げた。




 マンガは薄い壁にぶち当たって、シートに落下する。




「おいおい、借り物なんだからもうちょっと丁寧に扱わないとだめだぞ」




「バッドエンドだったから」




「え? 確か『フォーフラグメンツ』は主人公のダイがヒロインのアイナとくっついて大団円だったはず――」




「バッドエンドだったから」




 ソフィアは無表情のまま、同じセリフを繰り返す。




「そ、そうか」




 ジャンはソフィアに気圧されたように頷いて、再び彼自身の読書へと戻る。




(……せめて、物語の中くらい夢を見させてくれてもいいのに)




 ソフィアは投げ捨てたマンガを拾いながら、ジャンを横目でみる。




 ソフィアがジャンと結婚したのは、12歳の時のことだった。




 学院を卒業してからは、既に二年の時が経っており、ジャンはその時既に、最強の古龍を討伐した英雄として世界中に名を馳せていた。




 片やそのまま研究職として学園に残ったソフィアはといえば、真実の探求より権益の拡大に熱心な頭の固い学会のお偉方と衝突し、冷や飯を食わされ、満足に自分の研究もできない状態だった。




 ジャンと比べると自分の今の境遇が惨めで、彼が手の届かないような遠い存在になってしまったことが寂しかった。




 だから、ジャンが会いにきてくれた時は、まだ自分のことを忘れずに気にかけてくれていたことが嬉しかった。




 まさかその後に、それ以上のサプライズが待ち受けているなんてまったく想像もしていなくて――。




「俺と結婚してくれないか」




 世間話もそこそこに、いきなり切り出した彼に、舞い上がったソフィアは、照れ臭さをごまかすために、「なぜ?」と聞き返した。




 我ながら余計なことをしたと思う。




 日ごろは理詰めを求めておきながら、こういう時だけ情熱的な愛の告白を求めるのは、傲慢というものだ。




 故に、ジャンが




「いや、一応、俺も名を上げることができたから、『ジャンの妻』っていう称号があればソフィアを面倒事から解放して研究に熱中させてやれると思って」




 と気まずそうに言ったのは仕方のないことだ。




 愛を告白ではなかったけれど、それは、ジャンのソフィアへの好意の発露であることは間違いない。




 そしてそれは多分、このマンガの主人公と同じような『友達』としての好意であって、男女のそれでないことは、ソフィアとて察しがついている。




 でも、それを自分の口から聞くのは、やっぱり怖かった。




 そして、曖昧なままソフィアはジャンの妻になった。




 好きの気持ちを、研究環境の保証の代わりに彼に成果を提供する契約関係だなんて誤魔化したまま、今もこうしてここにいる。




 彼と一緒に世界を冒険して、色んな戦って絆を深めたということに自信はあるけれど、その絆の名前が、『恋人』なのか『親友』なのか、未だに答えは出ていない。




(これだけマンガがあれば、一つくらい口下手な女の子が王子様と結ばれる話があってもいいはず)




 そんなことを思いながら、半ば意地のごとく、次のマンガを漁り始めるソフィアだった。


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