11嫁 大賢者ソフィア(3) ぽっと出の女

 ソフィアは粛々とマンガを読み進める。






『ミスラ。取り乱してしまってごめんな』




『無理もありません。父王があのようになって、平静である方がおかしい』




『……それで、これから、どうする?』




『まずは、エトワール魔法学院に向かいましょう。強力な結界で隠蔽され、浮遊大陸と共に常時居場所を移している彼の学院は、現状世界で一番安全な場所です。魔法を学び力をつけることができます』




『だけど、ボクには魔法の才能がないよ。お前にいくら教えてもらっても、簡単なファイアすら使えなかったじゃないか』




『私は剣術の専門家であって、魔法の方は得意ではありません。あの場所ならば、私とは比較にならないほど優れた指導者がたくさんおります』




『わかった』





 どうやら、魔族に国を滅ぼされた王子は、教育機関であり、中立的な独立国家でもある魔法学院に亡命するようだ。







『大変だったな。魔族に国を滅ぼされたんだって?』




『私の故郷も魔族にやられたの! でも、ここなら安全よ! 結界もあるし、強い先生たちがいつも周りに目を光らせてるから』




『ありがとう。みんな』




『雑魚共がわらわらと羽虫のように群がって邪魔。道を開けて』




『おい、スノー。そんな言い方することはないじゃないか』




『そうよ。彼のことがかわいそうだと思わないの?』




『……弱いから負けた。それだけのことでしょ?』




『なによ。学園一番の秀才だからって気取っちゃって』




『気にするなよ。スノーは誰に対してもそうなんだ』




『――いや、あの子の言う通りだ。ボクがもっと強ければ、みんなを守ることができたのに』








 他の生徒たちが、王子の周りを囲んで慰めの言葉をかけるなか、つれない態度を示す女性徒が一人。




 他の生徒とは明らかに描き込みが違うし、スノーという固有名詞を与えられていることからして、今後の展開に絡んでくる主要人物の一人であることは間違いないだろう。




 ソフィアはさらにページをめくった。




 魔法が全く使えないダイ王子はしばらく劣等生扱いされるが、実は全ての魔法を無効化することができるアンチディスペルを使うことができると判明。




 とはいえ、無効化できるだけでは敵を倒せないので、持ち前の人望で仲間を増やして学院の課題に応えて力をつけていくダイ王子。




 その過程で、集団の力を重視するダイ王子は、個の力を重視するスノーと何度かぶつかり合う。




 しかし、やがてスノーもまた、家族を魔族に殺されて必死に自分を高めようとしてきた、などの背景が説明されて、ダイ王子とスノーはなんだかんだで交流を深めていく。




 予想通り、スノーはがっつり話に絡んできた。




(ちょっと、私とジャンの関係に似てるかも)




 ソフィアはジャンと初めて出会った、学園時代のことを思い出す。




 ジャンは、ソフィアの一年遅れで学院で入ってきた。




 当時から神童と言われたソフィアは散々周囲から注目されていたが、ジャンはすぐにソフィアを超越するほどの評判をとった。




 ソフィアとジャンが仲良くなったのは、ある種の必然だった。




 実力的にソフィアの相手ができる人間はジャンしかおらず、自然と色んな授業で彼と組むことが多くなり、コミュニケーションを取らざるを得ない機会が多かったのだ。




(正直、あの時期にジャンが入学してきてくれて助かった)




 ソフィアはただ知識を深めたいだけなのに、優秀な成績を収めているとどうしてもそれを嫉む者が出てくる。




 元から人付き合いが苦手なソフィアは、そういった緊張を上手く緩和する手段もなく、くだらない嫌がらせを受けることが多かった。




 しかし、ジャンが登場したおかげで、ソフィアを敵視していた人間は、ジャンにソフィアが負けることで溜飲を下げて、随分学園生活が楽になったことを覚えている。




 もっとも、妬みの矛先は当然ジャンに向くこととなったが、彼はそんなものなど一蹴するほどの実力と人望を兼ね備えていたので、何の問題もなかった。




(……このマンガみたいにドラマっチックなことはなかったけど、あの頃は楽しかった)




 ジャンは、ソフィアの革新的な魔術理論を理解できる唯一の人間だった。




 他の人間が『難しくてつまらないお勉強の話』と敬遠するような話題でも、何時間も付き合ってくれた。




 ソフィアはジャンのことが好きだった。




 その感情を初恋と呼ぶのか、友情と呼ぶのかは分からなかったけれど、そもそもあの時に自分が抱いた感情をカテゴライズすること自体に意味がないのかもしれない。




 だって、あの頃のソフィアにとって、心を許せる人間はジャンだけであり、全ての親愛の感情は彼に捧げられていたのだから。




(……がんばれ)




 だから、格好も性格も境遇も、どことなく自分と似ているスノーに、ソフィアは感情移入してしまう。




 今までソフィアが体験してきた多くの物語においては、初めに出会った異性が主人公のパートナーとなることが多かった。




 子ども向けの作品であるからには、おそらく最後はハッピーエンドだろう。




 つまり、最終的にはこのスノーという娘がダイ王子と結ばれる話だということになる。




 マンガが人々に物語を疑似体験させる娯楽だというのなら、スノーと王子の恋物語はまさにうってつけだった。




(だって、ジャンは誰のものにもならない人だから)




 今や世界を双肩に載せる皇帝になったジャンは、一人の嫁だけを愛することができない立場にいる。




 だから、せめて、物語の中の自分に似たスノーには、主人公と幸せになってほしかった。




 その、ソフィアはさらにページをめくる。




 冒頭で一気に数年の経過が示され、様々な修練を経たダイ王子は、スノーを含む、学院の生徒何人かとチームを組み、卒業試験に挑む。




 その試験とは、学院の外に出て、古の迷宮に潜り、何かしらの秘宝を持ち帰ってくることだった。そして、持ち帰った秘宝の価値によって、卒業の可否が決定されるらしい。




 モンスターやトラップや他チームの妨害。様々な困難の果て、ダイ王子一行は迷宮の最深部で隠し扉を見つける。




 その先で待っていたのは、祭壇に横たわり眠る、美しい金髪の少女だった。




 まばゆく輝く服(ソフィアの世界でいうところの光の神官に似ている)を着た少女は、ダイ王子が近づくと目を覚まし、『あなたを待っていました。私は光のフラグメント アイナ』などと告げる。




 途端に崩れ落ちるダンジョン。




 どうやら、迷宮はアイナを守るために作られていたらしい。




 慌てふためくダイ王子に、アイナは『いけません! 早く魔法で脱出しませんと! ダイ早く契約を! そうでないと魔法が使えません!』などと言い、『みんなが助かるためなら今すぐ契約するよ。だけどどすれば――』と首を傾げる王子に、思いっきり口づけをかました。




(……なんだこの女は)




 ソフィアは本能的に反感をもった。




 金髪の上に胸が大きい、清楚系の外見は『ずるい』。




 なにが『ずるい』かは上手く表現できないが、とにかく気に食わない。




 論理的ではない感情だと分かってはいたが、戦場では何度もソフィアを助けてくれた勘というやつが、この女はヤバいと警告していた。




 ともかく、こうしてダンジョンを脱出したダイ王子一行。




 けが人なども出たが、アイナの回復魔法によって、かなりの重傷者も一瞬で回復する。どうやら、アイナは強力な癒しの力を持っているようだ。




 アイナを学院に連れ帰り今後の対応を考える一行。




 しかし、アイナは長い間眠っていたためか、世間知らずであり、ダイ王子の寝所に潜り込んだり、一緒に風呂に入ろうとしたりとやりたい放題である。




 ダイ王子はそんなアイナに戸惑いつつも、明らかに異性として意識して頬を赤らめたりしていた。




 明らかにスノーに対するものと反応が違う。




(……嫌な予感がする)




 ソフィアは急いで残りの巻を全て棚から取ってきて、山積みにした。




「おっ。はまったか?」




 ジャンは呑気にそんな発言をするが、おそらく彼の言う本来の意味ではソフィアははまっていない。




 ただ、スノーの行く末が気になるだけだ。

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