第七章 未成年

第七章 未成年



 赤羽駅の近くに小さなメイクスタジオを借り、そこで女性的な所作のレッスンやメイクのやり方などを教えた。また併設してある小型の倉庫とガレージも借りた。小さなガレージには型落ちしたくすんだ青色のパッソが停まっている。これが俺の用意できる最大限の送迎車だ。ガレージから続く大道具小屋は衣装を収納するクローゼットとして利用した。車両部品を格納するには手狭かもしれないが、衣装を収納するには十分すぎるほどの容量があった。クローゼットとして内装をいじるのに、想像を超えるほどの金がかかったが……とにかく設備と環境が必要だった。

 六名の少年を曜日によって一名ないし二名ずつ呼び出し、必要があれば日銭をわたして彼らの『変身』を促した。

 実家に住んでいるということもあるから、長時間の拘束はできなかったし、機嫌を損ねないように細心の注意を払った。

 そうした俺の態度もあったせいか、六人は相応に従順だったし、俺に対して好意を抱いてくれているようだった。

 なによりも本質は女性への変貌にある。

 六人の少年たちは気持ちにばらつきはあったが、女性への憧憬のようなものは共通して持ち合わせていた。俺はしっかりと彼らの深層心理にある女性へ変貌する興味の片鱗を捉えていた。

 その興味本位的な、または性的な興味を満たしてくれる俺の存在を、彼らはある意味でありがたがっていたのかもしれない。彼らが抵抗しない限り、俺は従順に少年たちを女性へと導き、また女性としてのしぐさや動きなどの指導を行った。

 はたから見れば芸能プロダクションの養成施設に見えただろうし、実際にスタジオを仲介してくれた不動産会社は「芸能関係は儲かるんでしょう?」などと聞いてきた。


 竜胆に呼び出しを受けたのは、そうした状況の頃だった。


 久しぶりに顔を出した竜胆の事務所で、俺は妙に緊張を強いられた。

 竜胆の部屋に通されると、彼は開口一番で言った。


「困るんだよねぇ、勝手なことをされちゃうと」


 彼は落胆するように言い「京浜沿線で漁ってるんだって?」と付け加えてきた。


「ご報告している通りの活動ですが……」


 俺はしっかりと竜胆に報告を入れている内容だと念を押した。

 竜胆は「聞いてるけどなァ」と前置いてから。


「未成年に手を出すっちゅうのは、聞いてねえ。ここはすごく大事なところだって、あんたもわかるだろうに?」


 竜胆の指摘に俺は固まった。

 事務所全体がぴりついた空気になっていた理由を理解した俺は、懸命に口の中で唾液を集めてぐっと飲みほした。それでも口の渇きはおさまらなかった。


「お、俺は……クビですか」


 率直に聞いた。

 古い言い方かもしれないが、東京湾に沈められてしまうかもしれない、と覚悟した。このとき、はじめて死に対する恐怖のようなものを感じた。その一方で、自分はこのくそったれた世界に未練があるのだと気づかされた。

 竜胆は言う。


「殺したり、指を詰めろとは言わない」

「じゃあ、どうすれば……」

「守り切れねえんだわ。未成年でやられちまうと」

「守り切れない……?」


 竜胆は部屋の奥にある棚へ歩み寄り、そこからグラスとウィスキーを手に戻ってきた。

 ウィスキーの封を開け、片方にそれを注いだ。それから「おい」と顎をしゃくって、室内の若い男たちを所払いした。

 室内が俺と竜胆だけになったのを確認してから、彼はもう片方のグラスにもウィスキーを注いだ。


「おまえは俺がやくざ者かなんかだと思っているだろう?」

「えっ……」

「いいんだよ。こういう商売をしているから、少なくともそうみられることもあるし、実際にそれに近いこともやってきている。ただ、俺自身はやくざ者じゃねえと思ってる」


 そう言われても、俺は「はぁ……」としか答えられなかった。

 竜胆は俺のもとにグラスを置き、自分もそれを持って所定の場所に座った。つまり、いつも彼が腰かけている事務机である。


「この世の中にゃあ、やくざ者よりも非道な連中がいる。俺たちがやっていることは、やくざ者のシノギの真似事だ。ただ、そうはいってもルールがある。破っちゃいけないルールだ」

「未成年者を使ってはいけない」

「そうだ。それも大切なルールだ」

「ルールを破ったものは罰せられる?」


 俺の問いかけに竜胆は顔を振る。「そうじゃねえ」と。


「正直に話すと、おまえの行動には驚かされてる。未成年を実力で囲い込んでるんだからな。俺の店には、そんなことができるスカウトは誰一人としていなかった。ほとんどは、二十歳を超えた兄ちゃんを引っ張ってくるのが精いっぱい。それでも人数が確保できないから、風俗系の求人に広告を打ったりもする。当然、そんな広告見て中学生や高校生が応募してくることもない」

「では、俺はどうしたらよいのですか。中高生を解放すればよいのですか?」


 俺の質問に竜胆は「そう急くな」と顔を振り、グラスを傾けた。


「どこまでできる?」

「えっ……?」

「子どもたちを、どこまで仕上げられる?」


 竜胆の声色が変わったのが分かった。

 俺は当惑した。


「どこまで仕上げるって……そりゃあ、いつものように女性にしてみせます。その、性器を切除したりという意味ではありませんよ」

「かまわない。男性器があったままのほうがいい。その状態で女性にできるんだな」

「で、できます……」

「性指導は出来そうか?」

「俺がですか?」

「違う、こちらから派遣する。そうだな、健次郎をつけようか」


 俺がこれまでに抱えていた一番の女性株である。最近まで現役で第一線に出ていたことは知っているが、いまは裏方に入って後進の性指導をしていたのか。


「健次郎が、学生に性指導を……?」

「どうだ。学生は嫌がりそうか」

「わかりません。そうした話をしたことは、これまでに一度もないので」

「なら、してみる価値はあるか?」

「彼らを男娼にするんですか」

「俺たちは男娼を派遣するのが仕事だ」

「未成年ですよ?」


 いつしか、未成年という言葉を使ってこちらが詰問の調子で竜胆に言葉を投げていた。

 それを理解している竜胆は「だから」と断ってから言った。


「世の中にはやくざ者を軽く超える非道な奴がいるって話をしただろうが」

「そいつに、売り込むんですか」


 未成年を、という言葉を後に続けたかったのに、うまく発言できなかった。

 竜胆はそれすらも理解しているような様子で。


「十七歳の子どもが、どういう娘に変貌するか……。その点については、俺も興味がある。そいつが『シゴト』をこなせるのなら、それを紹介できるアテを知っているだけだ」


 つまり、竜胆は新しい領域に事業を発展させようというのだ。

 これまでのテリトリーを凌駕する、もっともっと闇の深い場所へ、彼は手を突っ込もうとしていた。


 俺が囲った未成年者を使って。

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