これは紛れもなく『デート』である②

 翌日の十時、僕は最寄りの駅で萌絵もえが来るのを待っていた。

 しかし集合時間を決めた本人が一向に現れない。それどころか連絡も無しだ。


 ……心配だな。


 フィクションの話だが、美少女との待ち合せというのはトラブルがつきものだ。

 ラブコメでは主に美少女が悪そうな男に絡まれているのを主人公が助けるといったテンプレ展開があるが、そうならないことを願うばかり。

 もし仮にそんなことがあったとして、じゃあその状況を知らない僕はどうすればいい? 助けに行くにしてもあてがわからないし、そもそも本当に萌絵が危険な目に遭ってるかすら分からないし──。


「ごめんなさぁーい! 寝坊しましたぁー!!」


 ここで萌絵、集合時間から20分遅れで到着。


「いやぁ連絡しようと思ったんだけどケータイの電池切れちゃって~。先輩、バッテリー貸してくれませんか?」

「えっ……」


 ここへ向かう途中、変な人に絡まれた様子も無し。

 とりあえず無事に合流できたことには安心だ。あと罰として午前中はバッテリーを貸さないでおこう。


 ……だが今はそれどころじゃない。

 僕の目の前で、見過ごせない事象が起っていた。


「萌絵、どうしてで来たんだ?」

「あっ、えーっと……」


 ばつが悪い表情を浮かべて、萌絵は言う。


「何を着ればいいか……、分からなくて……」

「……?」

「だって先輩が『どんな服装でもいい』って言うから!」

「いや、だからって制服じゃなくても──」


「だってだって!私、服のセンスに自信ないんだもん!!」


 萌絵は必死に訴えた。衝撃のカミングアウトだった。

 正直僕は、制服を可愛く着こなす萌絵の私服も可愛いだろうと思っていた。

 だけど改めて考えると、納得がいく。

 服のセンスに自信が無いから、誰かの好みに合わせようとした。誰かの好みの服装さえ着れば、自信の無いセンスも誤魔化せると思った。


 ……だけど僕は、そうは思わない。


「……それは違うよ、萌絵」

「先輩……?」


 目をうるうるさせる萌絵に、僕は優しく続ける。


「確かに誰かの好みに合わせてくれたら、相手は喜ぶかもしれない。でも僕は曲がりなりにもファッション専門店の息子だ。その服装が萌絵に似合うかどうかなんて一目で分かるし、そんな『好みの服さえ着れば喜ぶ』なんて催眠みたいなもの、僕には通じない」

「…………」

「萌絵。今日は始めに映画に行くと言ったな?」

「……はい?」

。映画は午後から行くぞ」

「へっ?」


 意表を突かれて驚く萌絵。元々その格好で午前から映画に行くつもりだっただろうが、この際だからこんな提案をしてみる。


「今から、ショッピングに行ってみないか?」

「ショッピング、ですか?」

「あぁ。そこでキミが本当に着たいと思える、可愛いモノを探せばいいよ」

「でも私、センスが……」

「大丈夫、僕が見てるから」

「そっ、そうですね!」


 萌絵はいつも通り、太陽のように眩しい笑顔を取り戻した。

 このまま納得してるか、と思ったのだが。何か閃いたかのように、萌絵は目を光らせた。


「あっ!じゃあ先輩に可愛い服選んで貰おうかな〜♪」

「おいおい、他力本願かよ……」

「いいじゃないですか!先輩はファッションのプロなんですから!」

「んな大袈裟な……。まぁ、いいけど?」

「やったぁあ!!」


 さっきの態度は何処へやら。調子に乗った萌絵は僕に『自分を可愛くして欲しい』と頼んできた。


 本当は萌絵自身が気に入ったモノを選んでくれたら嬉しいけれど、僕が選んだモノの中から気に入ったモノを選んでくれるだけでも満足だ。


 あとは、あの子が可愛くなった自分に自信を持ってくれれば、それでいい。

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