これは紛れもなく『デート』である①

 僕と萌絵の、ニセモノの恋人関係が始まったの日の夜、僕らは電話で連絡を取り合っていた。


 ……さて。


「僕たちはこれからどうすべきなんだ?」

『先輩、それ聞くの禁止。いつも通りでいいのです!』

「えっ?」

『だって私たちは形だけの、ニセの恋人関係ですもん。ただ普通に、ある時は恋人らしくすればいいんですよ』


萌絵いわく、僕らはあくまでも友達同士。

ストーカーが近くにいたら恋人同士であることを、といったことをしたいらしい。

萌絵とは友達のままでいたいと願った僕だ。これにはすぐ納得した。


 ──でもやっぱり、いざ僕らが友達じゃない何かに変わると、つい意識してしまうんだよな……。


 人間関係ってものは実に難しい、と改めて実感させられる。


『そんなに気になりますか? 私たちが恋人同士だってこと』

「……まぁな。ニセモノとはいえ、彼女だし」

『そっか。私、先輩の彼女か……』

「嫌か? キミのこと、彼女って呼ぶの」

『別にそんなことはないです。むしろ特別視されてると思うと嬉しいというか……』


 その割にはどこか納得できない様子がうかがえる萌絵。『あーもう!』と唸って、こう続ける。


『もう! 止めにしましょう! お互いが彼氏彼女呼び合うの!!ニセモノだし、そういうの考えられる関係じゃないっていうか! なんか恥ずかしいっていうか……』

「まぁ、それもそうだな……」


 ……確かに恥ずかしい。

萌絵のことを『彼女』と意識すると、胸が異様にざわつくのだ。

 それに、僕らにそんな特別な呼び名なんていらない。

 いつまで経っても僕にとっての彼女は『萌絵』で、彼女にとっての僕は『葵』。お互いが『友達以上』や『恋人未満』といった尺では測れない大切な存在であり、願わくばずっとそんな関係でありたいと思う。たったの三ケ月でこれほどまでの関係に至れるとは。人間の絆、おそるべし。


『そんなことより先輩!』


 ぴょんと跳ねるような声で萌絵は言う。


『ここは楽しいことして忘れちゃいましょうよ!!』

「その言い方、まるでイケナイことするみたいだな」

『イケナイことして楽しくなるならやってもいいですよ? 何やります?』

「何もやらねぇよ、バカ!」

『あはは!!まぁそれは冗談として──。先輩、明後日の日曜日、暇ですよね?』

「僕が暇な前提で聞くな。まぁ、部活はないし暇だけど」

『だったら……』


 何かを弾け飛ばそうとするかの如く溜めて、萌絵はぱっと放つ。


『思いっきり、どこか遊びに行きましょう!!』

「いいけど。どこ行く──」

『映画館!』


 ここで即答。最初から僕と映画館に行くことが目的だったかの行動だ。

 自由気ままなこの感じはいつも通りの萌絵だが、この後の質問には違和感を覚えた。


『ということで、何か見たい映画あったら言ってください♪』

「いや、いいよ。キミが見たい映画に……、ていうか僕ら、いちいち相手の見たい映画に合わせる必要なくないか?」

『と言うと?』

「だってこの前、二人で見に行きたいって映画あっただろ?それでいいじゃないか」

『あっ、そうでしたね〜』


 珍しいものだ。

 今さっき、萌絵が僕に合わせようとしていた。僕らは気の合う関係だから、そんなことする必要ないのに。


『じゃあ見る映画は決まりですね!』

「だな」

『あっ、そうだ先輩!服装の好みとかありますか?』

「いや、無いけど」

『あっ、そう、なんですか……』


 やっぱり気持ち悪い。萌絵は萌絵らしく、自由であってくれる方が嬉しいのに。

 耐えきれなくなった僕は、こう言った。


「……あのさ、萌絵。キミこそ『いつも通り』でいてくれないか?」

『へっ?』

「だって僕の意見を聞くだなんて、キミらしくないぞ」


 それにそんなことしなくたって、萌絵は十分、理想の女の子だ。

 趣味が一緒で話が合って、『たけのこ派』であること以外は受け入れられる。


「だから萌絵、これからはお互いの意見に無理に合わせるのは禁止。僕が望むようなキミでいなくたって構わないから」

『……そっ、そうですよね!いつも通り、いつも通りですよね!』


 何かに吹っ切れた萌絵。さっきまで喉につっかえていたようなその『何か』が分からないけれど、とりあえず僕の想いはきちんと届いたみたいだ。



 〇



「ふぁー……」


「どしたん?おっきい欠伸あくびなんかして」


 翌朝、僕は部活の練習に向かうべく、唯一の友達、姫崎悠織ひめさきゆうりと並んで歩いていた。

 クセのある桃色髪と愛嬌(あいきょう)のある顔が特徴の、いわばカワイイ系の──つまり、男だ。


「いや、ちょっとな……」

「ちょっと、ってなんだよ〜。隠し事か? ならば打ち明けさせるまでだ!!」

「ちょっ、おま、やめろ!!」


 背後から、悠織(ゆうり)は僕の脇腹をガシッと掴んできた。あまりのくすぐったさに、僕は悠織の手をバシバシ叩く。


「じゃあ教えろ。昨日は何があったんだ?」

「昨日、彼女ができた」

「ふーん、彼女ができた、ねぇ……。って、はぁぁ!?」


 顔には似合わないドスの効いた声を上げて、悠織は驚いた。


「学校で俺以外のやつと会話しない葵に? 生徒の99%が『彼女がいない』と答えることで有名な平高ひらこうに通う葵に彼女ができたのか!?」

「そう。……って言っても、ニセモノだけどね」

「ニセモノ? どういうことだよ」

「女の子の友達に付きまとうストーカーから守るべく、僕が一ヶ月だけ恋人のフリをすることになった」

「ほぉぉ……」


悠織は何か気に食わなさそうな表情を浮かべたが、すぐにパッと明るくなって、


「……でも、それはそれでおめでたい話だな!!おめでとう、親友! これでお前も『1パーセント組』の仲間入りだな!」


 嬉しそうに微笑みながら悠織は言い、ガっと僕と肩を組む。


「で? 相手は??」

「萌絵。知ってるだろ?」

「ほぇー、あの子が頼んできたのか。萌絵って、いつもお前に会いに来る平女ひらじょの子だよな?」

「そう。偶然ってのは怖いもんだよ」

「なに言ってんだよ! めでたい話じゃん! いやぁ羨ましい!! 俺も彼女が欲しいよ、まったく!!」

「それはどうも。てか、お前はいつ彼女ができてもおかしくないだろ」


 そんなイケメンと僕がどうして親しいのか? どうして僕が彼を親友と呼んでいるか? それは──。


「おいおい馬鹿言うなよ。こっちもお前みたく気の合わないやつはお断り主義なんだ。出会い系サイト無しでそう簡単に誰かと付き合えるかよ」


 僕と性格が似ていることが一番大きい。


「それに俺、女の子に告白されないし。……その代わりファンクラブ結成されて、腐女子共に『推し』扱い。今となっては『ゆうときゅん』って呼ばれてよ。しかも今年の学祭には俺のエッチな同人誌が出るとか言われてるし……、って、なんでこうなるんだよ!!」

「それはお疲れさん」

「なんだよそのテキトーな返事は!まぁいいけど?これでも俺、自分のこの見た目で腐女子落とすの快感で好きだし?……ほら、ボク可愛いでしょ♪」

「……キモい、離れろ」

「はぁ……、やっぱお前には効かないか」

「当たり前だよ。僕をなんだと思ってるんだ」

「つれねぇヤツだなぁ、お前は!」

「ふっ、まぁね?」


楽しいと思える証拠か、僕の口角が上がった。

 悠織はバカで残念で面白いから、一緒に話していて飽きないし、楽しいと思える存在だ。


「……それで、相談に乗って欲しいんだけどさ」

「ん? どしたん?」


さっきまでおちゃらけていたのに、悠織はコロッと真面目な表情を見せて話を聞く態勢をとってくれた。


「……実は明後日、萌絵とデートっていうか、一緒に出掛けることになったんだけどさ」

「『デートっていうか』じゃなくてさ。それはもう紛れもなく『デート』なのでは?」

「いや、そういうわけじゃ──」

「いいや、デートだね」

「……もう好きに呼べ」

「わかった! それで? デートがどうしたんだよ?」


 ここは一か八か。恋愛経験な豊富そうな悠織に聞くしかない。彼女がいたことがある話は聞いたことはないが、せめて恋愛シミュレーションゲームで培った知識でもいいから教えてくれ!

 そう願い、僕は思い切って悠織に聞いてみた。


「で、デートって……、何すればいいんだ?」

「あー、なんだそんなことか」


 おっ、これは答えてくれそうな感じか?


「正直に言おう──俺にはわからん!!」

「くそっ、ダメだったか」

「悪いね。俺、リアルでもゲームでも、恋愛経験はないから」

「……そうか。ちょっと意外だな」

「ははっ、よく言われる! でも、もし俺が葵と同じ立場だったら──」


『経験はない』と答えつつも、それでも悠織は顎に手を添えて一考し、僕の質問に答えを出してくれた。


「無理やり背伸びせず、お互いが行きたいところに行きたいかな?」

「お互いが行きたいところ、か」

「そう! 気の合う相手だからこそ、そういうところに行った方が楽しいだろうし♪」


 満面の笑顔を向ける悠織。くそっ、相手が男とはいえ、不覚にも可愛いと思ってしまった……。


「そうだな。ありがとう、悠織」


 いつだっただろうか。ウチのサッカー部員がこんなことを言っていた──デート頑張れ、って。

 なんだよデートを頑張るって。そんなに力を入れなきゃいけない、大変なものなのか?

 考えが合わないからこそ、僕は心の中で何度かツッコミを入れていた。


 ……だけど悠織は違う。


「あぁ! デート、!」

「うん」


 そうだ。誰かとどこかへ出かけることや彼女とのデートだって、お互いが楽しむもの。

 優桃は僕と同じ考えも持っていて、なおかつ僕の考えをすぐに理解してくれ、僕も悠織の考えをすぐに理解できる。

 そういう悠織みたいな存在がいるからこそ、僕は強く思う。


 やはり持つべきものは、最高に気の合う友達だ。

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