僕は振り返る(後編)

 僕は走る、真っ黒い闇の中を、僕は走る、後ろから迫る何かを振り払いながら、僕は恐怖にかられたのだろうか?それともどこからともなく沸き立つこの使命感からだろうか?


 ここに居てはイケない、あそこへ戻らないと駄目だ、誰かの泣く声が頭にコビリツイテ離れない。



***



「何してたんだっけ?」


 気づくと僕は僕の目の前に立っていた、僕はベットの中で僕に背中を向け眠っている。



 あっ!スマホ!



 充電器のケーブルにさされたスマホが机の上にある。


 ライト点いてる、生きてる♪


 バチッ!


 何?


 えっ?スマホと充電器のライト消えた?


 何?壊れたの?触っただけなのに?今触ったか?感触が……?



 ……あれ?さっき僕寝てなかった??



 ハハハ……


 なんだコレ?


 僕はやっとこさこの状況を考え始めた。


 …………………


 カーテン閉めなきゃ!


 確かこの当たりからか光が漏れてたな


 僕は朝見た薄暗い明かりを思いだしゾッとする。


 コレで大丈夫か?


 僕は本能的に行動していた、いやコレかだと思った。


 トントン


「優弥朝よ、起きる時間よ、優弥、開けるわよ」


 カチャリとドアが開き母が顔をみせる、僕はビクッて成るが母からは見えて無いらしい。


 年頃の息子さんの部屋をいきなり開けないでよ母さん……


 僕はそう言いながらも開いたドアの隙間をすり抜け、母の下をくぐり台所へと這って行った。


 バチッ!


「何?」


 何かと言えば僕が触り炊飯器が壊れた音だ。


 ごめんなさい母さん僕の命がかかってるんだ


 でもコレじゃ足りない、足りなかったんだ、母さんはこのあと何時もと違う手順でご飯炊くから……


 そうだスマホ!


 僕は僕が眠る自室に静に駆ける。


 壊れるだけじゃ駄目だ、どこかに隠すんだ、そうすれば……いや……あまり見つからないと探すの諦めるのか?見つかって、壊れてるの確認して、母さんに話して、いや、駄目だ!どのみちご飯炊くからその時間にかぶって遅くならない……


 取りあえずスマホはクツ箱にでも隠しといて?


 きっともっと頭の言い奴なら小説や漫画の主人公みたいにスゲーアイデア思い付くんだろうなコレ……



 僕の命が失われる時間が迫っている。



 ご飯の後に少しでも時間を稼がないと……


 あれ?僕、今日……歯磨いたか?


 それだ!


 僕は洗面所に行き、何時もはそこにあるカップに入った歯ブラシをあからさまに目につくダイニングテーブルの上に置こうとした


「何?!」


 母が少し浮いた歯ブラシを見た瞬間、歯ブラシはカップごとテーブルの上に落ちて僕はその場から消えさった。



***



「ん?……今何時だ?」


 習慣と言うものは恐ろしい、僕は少し遅れたものの、スマホが鳴る時間に起きていた、いや母が扉を開け声をかけたあと、それで目を覚ましたのかも知れない。


 母がドアを?どうしてそう思った??


「あれ?スマホが無い?」


「カバンかな?」


 僕は高校の革のカバンを開け中を調べるがそこにはない。


「スポーツバッグか?」


 僕は野球の道具の入った大きな布製バッグのファスナーを開け、中をごそごそと調べるが見つからない、そもそも見つかるがしない。


「母さーん!僕のスマホ知らない?」


「知らないわよ、カバンの中じゃ無い?」


「カバンはもう調べたんだよ」


「今お母さん忙しいからあとにしてちょうだい」


 どうやら炊飯器が壊れたらしく、母は鍋を使いご飯を炊き始めていた。


「どこに行ったんだろ?」


「冷蔵庫には無いと思うわよ」


 僕は冷蔵庫の中を調べていた、人は時におかしな行動をするものだ。


「あー、駄目だ見つかんない!」


「優弥、スマホはあとでお母さんが探してあげるからご飯食べちゃいなさい」


「あとじゃ遅いんだけど……」


「スマホが無くても死なないわよ♪」


 母はこの野球バカも現代っ子だと笑ってみせた。


「ごちそうさま!行ってきます!」


 僕は母が「ゆっくり食べなさい」との言葉も無視して朝ごはんに出た5の目玉焼きとソーセージ、ご飯と味噌汁を掻き込んで家を出ようとする、食べてるうちにスマホの事は後回しと決めた、それより朝練だ!


「待ちなさい優弥!歯磨き!!」


「えー!」


「ちゃんと磨かないと駄目よ!」


「………はぁ」


 僕はあからさまにダイニングテーブルの上に在った歯ブラシを手に取り歯を磨く。


「優弥もっとちゃんと!」


「ごめん母さん朝練遅れるから!」


 僕はシャクシャクと軽く磨くとそのままシンクに泡を吐き、カップの水を含みグジュっとして棄てた。



 時間にして30秒ほどだった。



「今日は青いクツにしようかな?」


 玄関で立ち止まった僕はくたびれた何時も履く白いスニーカーでは無くあまり使ってない青のスニーカーを履く事にした、何だかクツ箱に目がいったのだ。


「サッパリ壮快な朝だからかな?」


 歯はたいして磨いてないけどね。


 えっ?何で???


 全っ然!壮快じゃない!クツ箱の中にスマホがある!!


「はあっ??ウソだろ?!」


 僕はスマホを触り絶望感に包まれた、スマホが壊れていたのだ。


 何でこんな事に???


「……母さんスマホあったよ」


 トボトボとダイニングに戻る僕は母にスマホを見せる。


「どこにあったの?」


「クツ箱」


「なにそれ?」


 母はダイニングテーブルで一仕事終えたとばかりにコーヒーを飲んでいた。


「それでさ母さん、スマホ壊れてて、時間ある時に修理出してほしいんだけど……」


 僕は買って貰ったばかりなのに「僕のせいかも?」と申し訳なさそうにそう言った。


「ふう、修理駄目だったらまた買いに行きましょ、スマホなんて人の命と違っていくらでも取り返しがつくものなんだから」


 母は優しくそう言ってくれた。


「母さん、僕にもコーヒーを下さい」


 母は僕の変な敬語を笑う。


「朝練は良いの?」


「今日はバスを一つ遅らすよ」


 ついてない日は無理しないのが正解だと僕は思った。


「甘いの飲んだらまた歯を磨くのよ」


「うん、今度はちゃんと磨いて出るよ」



***



 バスは何時もの様に朝の街を静かに進む、冬の凍りつく寒さの中でもガンガンに暖房の効いたバスの車内は暖かく、僕は流れ行く何時と通学路の光景を冷たい窓にオデコを当てながら見ていた。





 そして僕は窓から振り返る、僕が振り返ると一つ先のバスで死んだ人達が僕の事を怨めしそうに見続けていた。

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僕は振り返る 山岡咲美 @sakumi

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