迎え火




((どうしてこんな事になっているんだ?))



 同じ事を考えているだろう。寿と貴は互いに相手の心を慮りながら、己の手を見た。正確には恋人繋ぎと称される手繋ぎをしている己の手を。



「おまえが嫌いだなんて言うからだぞ」



 今日も今日とて腕に乗せる絃に恨みがましく囁いて見せれば、ぷいっと顔を背けられた。それでも降りようとしないのは、降ろそうと思わないのは、追究しないでおこう。



 本日、温泉旅行三日目であった。








『貴と特別仲良しだと思ってもらえれば、寿君も好かれるんじゃないかな』



 前日。絃が眠る中、帰りの牛車でそうのたまったのは、言わずもがな、曇であった。



『いえ。僕は別に無理にいとちゃんと仲良くなりたいわけじゃないんですよ』

『無理に、ではなければ、仲良くなりたいんじゃないかい?』

『それは。否定しませんけど』

『おいおい。俺を巻き込まないでくれよ。これ以上』

『ここまで付き合っている時点で、ここにいる間はとことん付き合う事は決定済みなんだよ、貴』

『おいおい、何でそんなまた我儘言ってしょうもない子、みたいな母親目線を向けられなければいけないのか教えてほしいものだな』

『はいはい。目くじら立てないで語気を強めないで。いとちゃんが健やかに眠っているのに起こしちゃうだろう』

『………』

『貴さん。未練を残さないように『おまえはそのまま寝てろ、滝』

『はいはい。言われるまでもなく。だから静かにしていてほしいっす』

『ごめんよ、滝。ほら。音量下げるし、耳栓上げるから』

『仕方ないっすね』

『よし。じゃあ、こしょこしょ話みたいに話そう』

『はい』

『はい。竹蔵さん』

『特別仲良しだと思わせる為にはやっぱり、手を繋ぐ必要があるんじゃないかしら』

『はあ、冗談よせよ』『止めてくださいよ、手を繋ぐなんて』

『うん。それはいいね。古今東西老若男女通じる仲良し常識だ。早速明日から二人には手を繋いでもらおう』

『そうしましょう』

『おいおい。俺たちの声は聞こえてますか』

『竹蔵。悪ふざけが過ぎますよ』

『まあまあ、貴。悪者が出たら私たちが退治するから大丈夫だよ』

『寿。いとちゃんに楽しんでもらう事がこの旅の目的でもあるでしょう。嫌いな気持ちを持ったまま叶えられると思うの?』

『『………』』

『いやそこで黙るのかよ』

『若旦那、余計な事を言わないの。せっかく前のめりになってくれているのに』

『いやだってよ。寿はともかく、都司の方は……もしかしてあいつ。子ども好き?』

『んー。どうだろう。表立って聞いた事はないけど、多分。だから早くいとちゃんには大きくなって、貴のお嫁さんになって、愛する我が子を育んでほしんだけどなあ』

『おまえもしかして本気でそう思ってるのか?』

『え?そうだけど』

『…あ、そう……一応訊いておくが。いとは海外に行くからここにいる間だけの関係だという事は承知しているよな』

『もちろんだよ。でもいとちゃんが逢いに来る可能性も皆無じゃないだろう』

『……ああ、うん。そうだな。皆無に近いが』

『夢がないなあ』

『ああ、俺、浪漫がないなあ』

『寿。都司さん。お願いできませんか?』

『『………』』








 そして。

 今に至る。

 一日目に足を運んでいない温泉街を、のらりくらり散歩をしている最中であった。



(一応擬態しているとは言え、勘が鋭い人はいる。もし僕が忍びだとばれたら、のちのち面倒な状況になるかもしれないのに)



 ツボ押し用の丸い石が敷き詰められた足湯に縁に座って浸かる中、寿は貴の足の間に座って、足だけを浸ける絃の横顔を盗み見ながら、内心、そっと溜息を吐いた。



 敵意。と呼べばいいのだろう。協力が決まった時から、絃の刺々しさが露になっていた。

 何をやらかしたのか見当がつかず、けれど、別に支障はないと思っていた。

 彼女がどうであれ、助力する心は変わらないのだ。



 嫌い。そう直に告げられた今でさえ、変わらない。変わりようがない。

 ただ、痛い。ちくちくと、野草の細やかな棘に広範囲刺されたみたいに、ちくりと、痛む。

 気にしなければ、どうともない痛み。けれどその痛みを甘く見て手当てをしなければ、のちのち厄介になる痛み。



 何故嫌うのか。理由が知りたい。別に知らなくても支障はない。変わらない。

 しかしそれはこちらの事情であって、彼女にとってはどうなのだろう。

 嫌いになる相手が傍にいられては、警戒心を抱いて当然。それで為せられるのだろうか。

 僅かであっても、支障は与えたくなかった。



(……どうにもならない場合、僕は外れるべき、では)



 思っては、いた。別段、必要ないのでは、と。

 護衛には竹蔵と銀哉がいる。全面的に補佐する役割の尚斗がいる。

 いても構わないがいなくとも困らない存在。三人とは違って。



 助力したい気持ちは、同じように持っていると胸を張って言えるが。気持ちだけではどうにもならない場合がある。

 だが、黙って外れたくはない。理由が知りたかった。



(…駄々を捏ねる子どもか、僕は)






「……都司さん。すみません」



 真摯な言葉に、貴はいきり立っていた自分が少し恥ずかしくなった。



「ああ。いや、幼子に嫌われたら、なんか、切ないよな。微妙に割り切れない独特感があるっつーか。まあ、相性もあるから、どうともならないかもしれないけどよ。どうにかなるかもしれないし。効果があるとは到底思えんが」



 貴と寿は恋人繋ぎをしている手を見て、微妙な顔をした。

 思った。これ、恋人としたかったな。嬉し恥ずかしな気持ちを抱きたかったな。え。今の心情?そうですね。無。これに尽きますね。



「今日だけにしてもらいますから」

「同意するが、あいつらの説得圧迫を跳ね返せるか?」



 寿は竹蔵を、貴は曇を見た。何やら意気投合している二人。次には何をさせようか。きゃっきゃうふふと話し合っている。まあ、なんて仲良しこよし。見習わなくっちゃ。



「………苦労するな、互いに」

「……はい」



 冷めた目をしていた貴と寿。次には苦笑を交わし合った。










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