まにまにのほころび/あおあおさくら

藤泉都理

いち 一風船之彩

日永

「さあ~。またまた現れたよ。「幻灰げんかい」が。今度は悪徳質屋のせまり屋だ。こいつが、正規の手順を踏むばかりか、格安の飲食店をおっぱじめやがった。え?幻灰が人格を変える魔性の人間?まあ。どう思うかは人次第。ふふ。なんだかんだ言って、気になるんだろう。詳しくはこの新聞に書いているからな。無料にしろって?冗談。おまんまが食えなくなっちまうよ」


「…善、ねえ」




 幻灰を追っている新聞屋に群がる大衆から一人離れた青年、尚斗なおと。きっちりとした服装には似つかわしくない緩んだ表情で、じっと新聞を見つめた。


 書かれているのは、ここ最近の中で一番、話題、娯楽の種になっている幻灰だけ。


 どんだけ心酔してんだかと苦笑しながら、今はまだ被害には遭っていない金貸しを営んでいる店へと続く道を進む。








 日本国の江戸時代の雰囲気を模倣しつつも電気、ガス、水道などはきちんと整備されている国「三つ葉」の首都、東風こち


 政治と防衛の頂点である国王を身分制度の頂点と定めるが、他は生まれた土地や職業などでの差別はなし。学問、職業は全国民平等に開かれている。


 通貨、法律は一本化。国政を担う場として城は一つだけ建立。道は土を出来得る限り残す。着こなし自由な着物に、防火対策がきちんと行われているおかげで火事の発生がない平屋。人や物の輸出入ウエルカム。


 帯刀も自由。物を切る真剣から己を彩るお洒落な模造品と、用途としては多種多様に。無論、人斬りはご法度。加えて、火器銃の類の武器所持も。理由を問わず処罰される。


 門戸開放、平和自由主義、おいたをしたら処罰しちゃうぞ(死刑制度はなし勤労だぞ)。がこの国の謳い文句である。








「こうしてお金持ちはお金をきちんと使うようになるのでした。おしまい」



 店へと戻る道中。店と店の間にある木も生えていない空き地。家へと戻る子どもたちと入れ替わるように尚斗が進んでいくのは、そこで紙芝居をしている者に興味を持ったから。



 その人物、彼女が尚斗の好みの女性だったから、ではない。どこにでもいる町小娘。地味な顔に地味な着物。



 可愛いと言えるのだろうが、好みは美人系。それでいて日常茶飯事にはっちゃけている女性なので、範囲外。腰には短刀を携えているが祖父母の形見と思えるくらいに古ぼけている。幸の低そうな趣で、着物の裾が膝小僧より上なのが、お洒落や利便性ではなく貧乏で布が足りないからではと勘ぐってしまうほど。



 では同情で近づいた?金を恵んでやろうとした?



 否。




「…その風船、おまえのか?」



 去って行く子どもたちにあげる景品で、余った風船。ではない。子どもたちは誰も持っていなかった。目を引かせる為だとしても、一個では印象が薄いだろう。しかも、空色。今の時間帯では同化してしまっている。


 そう。本来ならば、興味を惹かれるものではないのだ。だというのに、何故か気になった。風船を喜ぶような年齢でもなさそうだったから尚更。だと思う。が。原因不明。


 紙芝居を乗せていた台を折り畳んでいた少女がその動作を終えるまで待って問い掛けると、彼女は訝しむ様子もなく尚斗に向かい合って素直に答えた。



「はい」

「ふ~ん……何で持ってんだ?」

「飾りです。自分の」

「…ふ~ん」



 納得がいかなかった。ので、じろじろと不躾に見続けた。本音を吐けとの意志も込めて。


 ふよふよふよふよ。少女が後片付けをしている合間に、刀の柄に結び付けられた糸の先にある風船が浮遊している。何の変哲もない風船にしか見えないが、実は。みたいなものではないだろうか。


 後片付けが済んで荷物を背に負った少女は未だに立ち去らない尚斗には、流石に眉根を寄せた。



「あの。まだ何かありますか?」

「気になる」

「この通りに駄菓子屋さんがあるのでそこで調達してください」



 指先ではなく、掌で目の前の通りを示した少女に、躾が行き届いているなと感心しながらも、そうじゃないと答え、次の言葉はじっくりゆっくりと発し続けた。茨の迷路の中を慎重に進むように。



「例えばおまえ以外のものが風船を持っていたとしても、俺は別段なにも思わなかった。おまえがその空色の風船を持っているから、俺は今、おまえの前に立っている」



 うんそうだと、一人頷いている尚斗。少女はそう言われてもと困惑した。どうしろと言うのだろう。と、顔にありありと書いてある。



「この風船は形見なのであげられませんよ」

「ん。ああ。別に単体では興味を惹かんから必要ない」



 少女はますます困惑した。何やら変な人に捕まってしまった。もう逃げるなり助けを呼ぶなりした方がいいだろうか。口を閉ざし、何やら考え込んでしまった尚斗の様子に、逃げられるかなと動き出そうとした時だった。喜色満面になった尚斗が口を開いた。



「おまえ。家族は?」

「いません」

「一人暮らし?」

「親代わりの大家さん。すごく強いです。この笛を吹いたらすぐにでも駆けつけてくれます」



 いよいよ怪しい。まさか、人買い?変質者?


 危惧した少女は首からぶら下げていた笛を十手のように突き出した。大家さんから強制的に渡された笛。まさか役に立つ日が来るとは思わなかった。


 尚斗はきょとんと首を傾げた。



「何だ?俺は怪しまれているのか?」

「はい」

「まあ。そうか」



 即答された尚斗は確かにと頷いた。見知らぬ青年が見知らぬ少女にいきなり話しかけ、身の内を聴けば、警戒されても致し方ない。


 どうして気になるのか。究明しなければとその事だけしか頭になかった。



「悪い悪い。なんかなー。俺の第六感?そんなもんがおまえと風船が気になるって緊急信号を出してよ」

「気になるほど異様ですか?」

「んー。いや。異様じゃない。様になっている」

「何があなた様の琴線に触れたのかはわかりませんが、そろそろ失礼したいと思います。何分、やらなければいけない事が山ほどありますので」

「貧乏だからか?」

「自分では貧乏だとは思っていませんが」



 尚斗は話していて感じた。芯がしなやか。性格は好ましそうだ。



「心が豊かだから私は幸せ、てか。ご立派」



 わざと揶揄るような話し方にしたら、少女の眉間の皺が深くなった。と思ったら、けたたましい高音が尚斗の耳を直撃した。笛を吹き終わった今になって耳を塞いでも仕方がないのだが、そうする。耳の中だけではなく、頭まで音が反響している。



(塞いだら音が逃げないか)



 疑問に思いながらも、耳から手が離せないでいる中、今度は地鳴りのような低音が大きくなりながら急速に近づいてきた。恐らくは、少女の言っていた親代わりの大家だろう。尚斗は口元に深い笑みを浮かべた。







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