第38話到着、無量光院

 俺たちは街の中心から少しだけ北上川の方へと向かった。気が付くと、空は少しずつ暮れて朱が混じり始めていた。そんな中を、俺たち一行が歩いていると、やがて巨大な屋敷が見えてきた。

 継信に先導され、門を開けて屋敷の中へ入る。

「義経様。そして弁慶殿、与一殿。これが、我が主秀衡様が建てられた無量光院でござる」

 夕日を背に、巨大な屋敷が俺たちの前に姿を現す。

 それは、俺が知っている平等院鳳凰堂に似た――いや、それよりも巨大な建築物だった。

 大きな池の向こうに建てられた朱色の寺院。夕日を背にたたずむその姿は、この世のものとは思えないくらい綺麗だ。

 俺たちは、無量光院の姿に圧倒されながら、池を回り込むように歩く。

 その途中で一人のじいさんが道を掃除しているのに出くわした。

「おやおや。珍しいのう。ここにお客がくるとは」

 禿頭の、ふっくらした恵比寿様みたいなじいさんだった。暗いこげ茶色の着物を着ている。

「こんなにでけえのに、客は来ないのか?」と、なんとなく俺はじいさんに訊いた。

「まあのう。ここは秀衡様の客を驚かすための建物でのう。ここに来るということは、あのお方の客人かね?」

「うむ。奥州を治める藤原秀衡殿に会いに来た」

 既に門前で馬を降りた九郎が、前に出てじいさんに言う。

 じいさんは、九郎を見て僅かに目を開いたような気がした。

「……ふむ。なるほど――見てくれは悪くない。むしろ……良いな」

「ん? 何のことだ?」

 九郎が首をかしげる。すると、じいさんはニコッと顔をほころばせた。

「ほっほっほ。すまぬのう。美しい娘がおると、どうしても見てしまうのじゃよ」

「……おれを娘と愚弄するか。源家の男児に対して、僧ごときが無礼ではあるまいか?」

 九郎の綺麗な形の眉が怒りに歪む。

 それはそうとして、このじいさんすげえな。九郎を一発で女だと見破ったぞ。

 まあ、姫武者ってのは、こちらから正体を明かさないか裸でも見ない限りいくらでもシラを切れるから、この程度では俺もひやひやしたりはしない。

 じいさんは「ほっほっほ」と笑うと、次に与一を見た。

 与一は何というか、サラシも巻かずに袖なしの着物を着ているせいで、胸の膨らみが正面や脇からも見える。姫武者ということを隠しもしていない。

 じいさんは与一の膨らんだ胸を見てニコッと笑った。

「お主も……良いな。この娘の侍女か?」

「いえ。私はこのお方の妾でございます。訳あって今はこのような武者紛いの装いをしております。しかし、これも己が身を守るため……ご容赦くださいませ」

 と、このように与一は自らを女としつつも武者とは名乗らない。この常套句も、これまでの北陸の旅で何度も見てきた。

 じいさんは、また「ほっほっほ」と笑うと、最後に俺を見上げた。

「……デカいのぅ。強そうじゃ。お主もこの娘の従者か?」

「まあな。訳あって一緒に旅をしてる者だ」

 俺がそう答えると、俺の横で九郎が「誰が娘だ! おれは男だ!」と叫んでいる。

「お主ら訳ありすぎじゃのう。もっと気楽にいかんか」

 気楽に行けるほど、これまでの旅は易しくもなかったっつーの。

 とまあ、このやりとりを見ていれば、このじいさんが何者なのかも分かってきた。

 このデカい無量光院の人間とはいえ、あまりにもふっくらしすぎた貴族のような見た目。俺たちが何者であるかよりも、どんな奴らかを見たこと。そして、九郎の横にいた継信には何も言わなかったこと。

 それだけ分かれば、みすぼらしい僧の恰好が浮いて見えてしまう。

「あんたが――」

「秀衡様なら伽羅の御所におられるぞ」

 じいさんは、箒でぱっぱと道を掃きながら笑った。

「先ほどまでここにおられたのじゃが、何やら急な用ができたとかで出て行かれたのじゃ。継信殿。そういうわけじゃ」

「……承知いたしました。では、皆さま。伽羅の御所へ向かうでござる」

 継信はそう言うと、踵を返して無明光院から出た。

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