第37話理想郷、平泉

「お待たせいたした。――一体、何をしておられるのでござるか? 弁慶殿」

 脛を抱えてごろんごろんとのた打ち回っていると、上から継信の声が聞こえた。

「し、躾だ継信。構うな。それよりも、秀衡公との面会はどうだった?」

 慌てて九郎が話を戻したので、俺もなんとか立ち上がって会話に混じる。

「予定通り、秀衡様は無量光院にてお待ちでござる。さあ、拙者についてきてくだされ」

 無量光院――名前だけ聞いたらすっげえ大屋敷みたいだが……。

 継信の先導で、俺たちは平泉への門をくぐった。

 俺は京の都の賑わいを少ししか見ていないが、目を丸くした九郎の様子を見ていると、この賑わいが今の都とは比べ物にならないことが分かる。

 通りの市は賑わい、そこで商いをする人々には活気がある。道路も整備されていて、浮浪者や身なりの汚い者はほとんどいない。

「驚いた。最果ての奥州に、このような大都市があるなんて……」

 九郎はただただ目を丸くしている。俺も、この時代にきてこれだけの人間が住む街を見たのは初めてだ。

 きょろきょろと周囲の賑わいを眺める俺たち田舎者一行に、継信が説明をする。

「ここ平泉の名産は砂金と馬でござる。砂金は貴族に。駿馬は武士にとって無くてはならない存在でござる。その二つの生産を平泉は一手に任されておるのでござる。故に、貴族も平家も我らの顧客なのでござる」

 なるほど。砂金と名馬の産出国であるが故の莫大な経済力が、この都を成り立たせているってわけか。

 ふと横を見ると、子供たちが楽しそうにけん玉で遊んでいる。その様子を見て、商人のおっさんがちょっかいをかけている。

 子供が安心して出歩けている。平和な証拠だ。悪いが、今までの旅でこんな平和な街は見たことがない。「……平和なんだな、この街は」と、思わず言葉を零してしまう。

「秀衡様は、ここに理想郷を立てたのでござる。争いのない、極楽浄土を。そして、その極楽浄土の体現こそが、今向かっている無量光院でござる」

 九郎の馬を引きながら、継信が誇らしげに言う。

 一方、九郎の表情は継信の言葉を聞いて少し影が落ちたようだった。

「争いのない、か。では、おれがここに来たことを、秀衡殿は快く思っていないのではないだろうか」

 ……争いの火種みたいなもんだからな、お前は。――とは言えなかった。

 しかし、そう考えると確かに秀衡の思惑には謎が残る。何故秀衡は、吉次に争いの種である九郎を平泉に招くことを許可したのだろうか。

 九郎を平泉に匿うということは、平氏と対立すると言っているようなものだろうに。

 奥州平泉に、これだけの巨大都市を築いた藤原秀衡……一体何者だ?

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