第4話 胃、なぜおまえは赤茶色なんだ

 奇抜な色形をした空間を抜けて図書館の入り口へと入り込む数歩前。


 俺は自分の身体の中にも白色があるのを思い出し急停止した。


 歯と骨だ。





「そうだ。あったじゃん」





 気持ちはますます高揚。


 今の場所から数十歩進んだ処にある憩いの公園へと移動して、草叢に腰を落ち着かせて、目を瞑って精神統一。




 頭に思い浮かべるのは、歯。


 取得する文字は、“い”。


 歯も骨の一種なんだけど、俺の中では別物だから区別する。


 一度できたんだ。あとはもう楽勝。なんて。


 調子に乗っていたのはこの時だけ。






 周りの人に迷惑が掛からないように、音量を落として“い”の音を出しながら、ひたすらに自分の歯を思い浮かべる。


 思い浮かべようとした。


 そんで、思い浮かべた。


 思い浮かんでしまった。


 歯、と、胃を。






「胃。じゃまくせー!!」




 歯だけを思い浮かべたい。


 なのに、“い”は胃に変換させられ、胃の形が、色が頭の中で主張し始めて、歯の存在を霞めさせる。




「い、い、い」


 は。


「胃、胃、胃」




「うがー!!」




 胃。何でおまえは、赤茶色なんだ。




 転げ回る。草叢の中には石も転がっていて地味に痛いが、気にしない。


 そんで、気が済んだら、腰を落ち着かせて、深呼吸。ちょっと笑う。目を瞑る。


 歯だ。歯を思い浮かべるんだ。白い歯。俺の歯、そんな白くないけど。どっちかってーと黄色だけど、そこは想像力。白い歯。歯。歯。




「胃…胃…胃」




「がー!!」




 頭を抱える。


 胃、恐るべし。


 きっと、俺は今、血走っているに違いない。だって、瞼、これでもかってくらい開いている。痛い。目、痛い。水分欲しがってる。




「胃~」




 語尾を伸ばしても、胃。“い”は胃。胃は“い”?


 もしかして、また一か月かかる?


 ってことは、あと四十五ヶ月かかる?


 一年は十二か月だから、三年と九ヶ月。




「いやいやいや。白いのも探さなきゃいけねえし」




 じいさんになって漸く取得?


 死に際に取得?


 見せたいやつに見せられないで、後悔のまま永眠?


 ぶるぶるぶるっと、毛から水を飛ばす犬のように上半身を振り動かして地面に倒し、呻く。




「う~~~……っあ?」




 白い歯が消えた。


 歯を思い浮かべようとしても、出て来ない。


 “あ”の師匠の時の道着と同じだ。




「???胃が取得できた??????じゃ、ない、な………“う”、かな」




 もう一度、“う”を声に出すと、響きが違うのに気付く。


 透明感のある泉、湧水。冬の朝の空気。


 取得した“あ”と取得しただろう“う”にはそんな澄み切った響きがある。




「……物体が思い付かない文字のほうは取得しやす、くなった?」




 他のやつは知らないが、俺にとって“う”は“あ”と同じで、単体では感情を表す時くらいにしか使わないし、胃みたいに、物体が思い付かない文字だ。






「……しやすいのを先に、か。順番にするか」




 腕を組むこと数秒。


 結論は出ないが、兎に角、取得しやすいだろう一文字としにくいだろうそれを分別することにした。










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