第3話 何のだんごが好きなんだ?

 修業を始めてからよく考えるのは。




 文字を習う前の自分はどうやって言葉を発していたのかという疑問。




 習ってない以上、文字が思い浮かぶわけがなく、きっと言葉が示すその実体を思い浮かべながら、言葉を発していたのだろう。








 そうやって文字のなかった言葉に想いを馳せていると。




 音だけで十分だったはずの言葉に何故、記号が当てられたのか。




 という、それの誕生にも疑問が生まれた。








 きっと、




 音だけでは叶わない、




 特定の誰かへ、




 不特定の誰かへと、




 届けたいが為の、




 遺したいが為の、




 手段だったはずだ。








 けれど。




 師匠は共通意識を強める為だと言っていた。


















『なぁ、魔法なんて殺戮兵器を何で手にしたいんだ?』






 魔法を取得したいと頭を下げた俺に、師匠が開口一番に告げた言葉。










『自分が出そうとしている攻撃を悟らせない為に、言葉を捻じ曲げて呪文を唱えて現象を発生させる』










『魔法なんてな、殺す為だけに生まれた負の産物だ』










『魔法にどんな夢を抱いているか知らんが』










『さっさと帰れ』










 その時の剣呑な師匠の姿はまるで、静謐に威嚇する獰猛な黒い獣。




 周りには、それ自体が意志を持つような黒い炎がほとばしっていた。




 ゆらゆらと。




 死へと誘うような得体の知れない目の前の存在に、不気味な暗闇の中に迷い込んだような錯覚にも陥った。










 怖くて。






 身体も心も寒くなって。






 でも、何でか。






 哀しくもなった。










 魔法はすごい。






 人を感動させるものだって、思い込んでいたからかもしれない。








 人を殺す為だけの存在?








 俺は、






 そんなのに。










 感動してしまったのか?










『…ば』




 




 乾いた一息が零れたのが先か。






 胸が絞めつけられたのが先か。






 凍えてしまった身体と心を解かすような、




 熱い涙が力なく落ちたのが先か。


 






 何でか。






 哀しくて。






 悲しくて。








 何でこんなに打ちのめされているのか、






 自分でもよく分からなくて。








 言葉にできない気持ちが、






 身体に充満して。








 動きたくなくて。






 でも、暴れ回りたくて。








 だけど結局、動きたくないっつー身体よりも。




 暴れ回りたいっていう心の方が勝ったらしく。




 俺はその場で転げ回ったり、走り回ったり、




 地団太を踏んだり、叫び回したり、




 きかんぼうの子どもみたいに、




 とにかく暴れに、暴れ回った。








 あれ、何やってんだ俺。




 つー、冷静な自分も居たんだけど。




 そいつはその時、ただ見ているだけで止めはしなかったから、




 暴れ回っている俺への抑止力になんか全然ならなくて。




 そんで、収まりがつかなくて。




 師匠に止められるまで、




 無害…ちょい有害な破壊活動は続けられた。










『だんご、俺、みたらし串だんごが好きだ』






 だらだらと出る鼻水。




 ずるずると出る目水。




 顔面で感じるしょっぱいそいつらを、吸いこんだり、垂れ流したりしたまま、俺はぐずぐずと自分なりに胸の中にあるもやもやを言葉として吐き出そうとした。








『でも、あんこが好きなやつもいる。きな粉とか、三色とか、桜とか、串じゃないやつも』








 あー。なんかもやもやを的確に吐き出せてないなと思ったけど、構わずに続けた。








『他にも、俺が知らないだんごもいっぱいあって。俺が好きじゃないやつも、好きなやつもあって』








 もやもや。




 消えるどころか、増殖中。








『それはだんごじゃないだろうって、やつも、あるはずで』








 尻下がりになる言葉。








 反論、したかったんだ。と思う。


 






 俺が手にしたいのは、






 あんたのいう、






 魔法じゃないって。








『…師匠は、何のだんごが好きなんだ?』








 そう尋ねて、多分、数秒も経たないくらいして、背中で一括りにさせた両の手首に重心を掛けて、俺の身体を地面に伏せさせていた師匠の手から、解放されたかと思えば、後頭部に軽い衝撃が襲った。




 




 あ、いてえ。と、




 何処か遠いその痛みを感じながら俺は起き上がって、仁王立ちになっている師匠を振り返り、その先に映る顔に、おお、見事なしかめっ面だなと、呑気に感想を抱きつつ、師匠の返事を待った。








 ふんと、鼻息一つ。




 しかめっ面、続行中。




 ひくひくと動く右の鼻の端。




 逸らされた瞳がまた固定。




 ふーっと、口息一つ。


 


 しかめっ面、若干和らぐ。








『だんごは嫌いだ』




『……そうですか』










 ふんっと鼻息を荒く吐きだした師匠に、勿体無いとの感想は心の中だけで呟いて、グッと顔を引き締めて、俺は頭を下げた。








『もちなら好きだがな』




『……もちとだんごって何か違うんですか?』








 弟子入りの申し出を遮られ、




 頭を上げてしまった俺に向けて、


 


 師匠は片眉をひくりと上げて、




 鼻息と口息を同時に吐き出した。








『もちという響きが好きだ』




『…そうですか』








 え、じゃあ、もちとだんごって一緒なのか。




 分からん。あとで調べてみるか。








『で、おまえはどんな魔法を手にしたい?』




『感動するやつです!!』








 叩かれた出鼻を再起させられる質問に、俺は待ってましたと、拳を作って師匠に詰め寄った。








『…感動、な』




『感動です』




『ふ~~っん』








 しかめっ面消滅。




 ヒャクパー興味なし顔に変換。




 どんなって、むかつく顔。




 しかも、鼻をほじくり始めた。




 あ、鼻毛抜きやがった。








『修行したいか?』




『はい!!』








 出会った当初の姿はどこへやら?




 しかし、戸惑いなどポイ捨てして、修行への意欲を全身で以てして示す。








『じゃ、まぁ、』










 始めるか。










 やる気の出ない声に挫かれることなく、やる気満々の俺は、師匠が何を考えているかなど全く気にも留めず、勢いよく返事をした。










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