第10話 それぞれの未来

 イスカに呼び出され、サナとマユは彼女の部屋に招かれていた。

「いただきます」

 サナは恐る恐るティーカップを持ち上げる。

 芳しい紅茶の香りが、鼻を通り抜けた。

「美味しいです」

「口に合って良かったよ」

 イスカは微笑んだ。

 それにしても緊張する。ここはイスカの部屋。それも、ただの学生寮ではない。選ばれた生徒のみに入寮が許される最高等級の『アクアヒルズ』の一室だ。寮は等級が上がるほど入寮審査が厳しくなり、支払うIDAクレジットの額も多くなる。それもここは最上階だ。窓からは学府都市が一望できる。

 ティーカップにお茶を注ぐのは、IDEA会長のイスカ本人。

 こんな夢みたいなことがあっていいのだろうか?

 ここは本当に現実なのだろうか?

 お茶会に招かれたサナとマユの目は、とろけていた。

「ジャム入りの紅茶って、初めて飲みました。少し酸っぱくてフルーティな口当たりですね。どんなジャムが入っているのですか?」

 カップをゆっくりとソーサーの上に置き、マユは言った。

「今日はクランベリーとリンゴのジャムにしてみたんだ。以前、店で飲んだ味を自分でも再現してみたくてね」

 イスカもカップに口をつけ「美味しい」と呟く。

 その時、部屋のインターホンが鳴った。

「サキかな」

 イスカがドアを開けると、遅れて来たサキの姿があった。

 アルドは女性陣に遠慮したのか、この場には姿を現さなかった。

「さて皆そろったことだし、そろそろ本題に入ろう」

「暴走したAI事件についての真相ですね」

「ああ。随分引き延ばしてしまってすまないかったね」

 イスカが話した事件の真相をまとめると、次のような内容だった。


 生徒達を襲っていたドローンの正体は、IDAの警備マシンだった。

 図書館の蔵書管理システムが暴走し、なぜか動かす権限がないはずの警備システムを起動させていた。

 そして警備マシンは、本を借りた生徒に対して過度な督促をした。

 明け透けに言うならば、学園内でテロ事件を起こした。


「そんなこと、ただtのトラブルで起こるはずがないですよね。まさかハッキング?」

「でも、いったい誰が? なんでそんなことを?」

 サナとマユはイスカに詰め寄る。

「ハッキングを行った犯人は、IDAの中でも優秀な生徒の一人だった。だけど、もうまともに会話をできる状態にない。……まるで糸が切れた操り人形のようにね。事件の犯人もまた、この事件の被害者なんだ」

 サナとマユは目を見開き、イスカに視線をぶつけた。

 しかしイスカはそれ以上何も答えず、静かに頭を下げた。

「サナ、マユ。事件に巻き込んでしまって、本当にすまなかった。本当はもっと根が深い問題なのだけど、キミ達には今は話せない。だが安心してほしい。もうこんな事件、白制服に賭けて二度と起こさせはしない」

「イスカさんが謝ることではありません!」

 サナは声を荒げた。

 イスカは首を横に振る。

「いや、わたしの問題でもあるんだ。だけど、わたし一人ではどうにもできない……また縁があったなら、キミ達の力をどうか貸してほしい」

 呼び出しを知らせる電子音が部屋に響いた。

「すまない。作戦室からの招集連絡だ。すぐに戻れると思うから、君たちはこのままゆっくりしていてくれたまえ」

 イスカは白制服のマントを翻し、部屋を出て行った。

 まるで蝶が舞うかのようだった。

 その後姿を見送り、サナは呟いた。

「あたし、イスカ会長に憧れてた」

「私もよ」

 マユも同意した。

「だけどね、今はただ憧れているだけじゃない。いつかイスカさんを支えられるような人になりたい。IDEAに、入りたい!」

「私だって、そうよ! 今度は現実の世界で白制服に腕を通して、IDAを守りたい」

 サキは微笑み、大きくうなずいた。

「二人なら……いいえ、私達なら、きっとできます」

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