第9話 次元の狭間
「今度は何処に来ちゃったの?」
サナは嘆息した。
意識を失っては、見知らぬ場所に行って不思議な体験をしている。
最近いつもこうだ。夢と現実を、行ったり来たり。
改めて周囲を見回す。
周りは深い闇で、まるで夜の底。その闇の果てしなさに少し怖くなる。
少し先に黄色い灯りが見えた。
街灯だ。ぽつん、ぽつんと、道しるべのように立ってる。
「悩んでても仕方ない。進むしかないよね」
サナが歩いていくと、三つ目の街灯の先に、一軒の店があった。
扉を押し開けると、そこは酒場のようだった。
バーカウンターの向こう側で、金髪の男性が微笑んだ。目は黒いサングラスで隠れていたが、金の口髭の下で、口元が優しく半月を描く。この店の店主だろうか。
「いらっしゃい。ここは時の忘れ物亭……時の狭間でたゆたう憩いの場」
「あの、お仕事中にすみません。道に迷ってしまって、エルジオンに帰りたいのですが、この周辺のことを教えて頂けませんか?」
店主は黙ったままグラスを磨いている。
代わりに、カウンター席で酒を飲んでいる中年の男性がこう言った。
「お嬢ちゃん、迷子かい?」
「ええ、なぜか気付いたらここにいて。いい歳をして迷子かもしれませんね」
「でも自分がどういう人間で、どこで何をしていたかは覚えている。そうだろう?」
サナは首を傾げた。そんなこと忘れる訳がない。
自分は自分だ。
「私はサナという名前で、IDAスクールの生徒ですが……」
こう答えると、男性は赤ら顔で大きく声を上げて笑った。
「お嬢ちゃんが羨ましいよ! 俺なんて、もう自分が何者で、何処から来たのか、なあんにも思い出せないぜ。こうして毎日毎日、ただ酒をあおるだけよ」
どういう意味なの? ただ、酔っぱらっているだけ?
サナは助けを求めるように、サングラスの店主を見つめる。
「気にしなくていい。きみに帰りたいという強い意志さえあれば、大丈夫だ」
店主はこう言った。
二人の言う意味はよくわからなかったけど、サナは不思議と安堵していた。
「おや? 外に珍しいお客さんがいるようだ。お嬢さん、ちょっと見てきてくれないかな」
店主に促されるがまま、サナは店のドアを開けた。再び闇の中に降り立つ。
そこに一冊の本が浮かんでいた。
この本には、いつかの夢で見覚えがある――。
次に青いローブを身にまとった老人が現れ、その本を手に取った。パラパラとページを捲る。長い髭を手でさすり、小さくうなずいた。
「サナ。そなたは短い時の中で、様々な時の風に吹かれてきたようだ」
長い前髪と髭で、彼の表情はまったくわからない。
「私のことを知っているのですか?」
サナは老人に問いかけた。
「ああ。この本が教えてくれたよ。私は、星の夢見館のあるじ」
「星の、夢見館?」
聞いたことのない場所だ。
「あの……どうして私はここに呼ばれたのでしょうか?」
「その本が、君に会いたがっていたのだよ」
書物の表紙が光り輝いた。
「運命が満ちた時、そなたは鐘の音に呼ばれるやもしれん。じゃが先に乗り越えるべき試練があるようだな。さて、迎えの者が来たようだ」
足元に黄緑の目をした黒猫がいた。
「あれ、ヴァルヲちゃん?」
「その猫が君を導いてくれるだろう。さあ在るべき時代へお帰りなさい。夢見るサナギよ」
バチバチと音がして、空中に青い穴が空いた。
猫の尻尾を追いかけて、サナは迷いなくそこに飛び込んだ。
「……ナ……」
聞き覚えのある声がする。
「サナ! しっかりするんだ!」
「アルドさん?」
「ああ、目が覚めて良かったよ」
アルドと、サキとマユが心配そうにサナを見つめていた。
サナは地面に倒れていた。ゆっくりと上半身を起こす。
「変な事を聞きますけど、私ずっと寝ていましたか?」
「ううん、今さっき突然気を失ったばかりよ」
マユが答えた。
変な白昼夢を見ていたのだな、とサナは頭を抱えた。夢の中でもっと長い時間を過ごしていたような気がする。その夢の記憶もすでに薄れてきて、どんな場所で誰と会ったのか、もう思い出せない。
「にゃん?」
サナの足元に、ヴァルヲがすり寄って来た。
「心配かけちゃったね……大丈夫よ。ありがとう」
ヴァルヲが助けに来てくれたことだけは、なぜかはっきりと覚えている。
サナはゆっくりと立ち上がり空を見上げた。
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