第9話 エキシビションマッチ 戦闘前

 熱い試合が幾度となく展開され、世界大会の全ての部門の全ての試合が終了し、各部門に今年のチャンピオンが出揃った。

 前回大会と同じスケジュールならここで終了するところなのだが、司会の人が高らかにサプライズイベントについて説明し始める。


「会場にお集まりくださった皆様、各種放送で試合を見て下さった皆様、帰りの準備をするのはまだ早いですよ! 昨年十月、このVRゲーム業界にとって重要な出来事が起こりました。皆さんならご存知ですよね?」


 一度観客席の方にマイクを向け、


「そう。日本で起こった悲惨な事件、通称《デスゲーム事件》に終止符が打たれ、かの安住の地から戦士たちがこの世界に戻って来たのです。ええ、あのゲームのタイトルは《Warrior’s Haven Online》ですからね。文字通り、安住の地から」


 観客たちがざわつき始める。

 その伝説的タイトルが今この大会に何の関係があるのか、と。


「我々大会運営スタッフは日本に向かい、この大会にエキシビションマッチとして参加してくれる勇敢な戦士を二人、見つけ出しました!」


 観客たちのボルテージが最高潮に達する。だが、司会は敢えて観客たちを鎮めようとジェスチャーを行い、静寂が戻って来た段階で更なるサプライズを投下した。


「さらに驚くべきことに、二人は、ソロ部門の一位から四位までの選手と同時に戦う、という条件で我々のオファーを引き受けてくれたのです!」


 司会の人がそこまで言うと、会場の巨大モニターの映像が切り替わり、俺とランマルのアバターが映った。

 試合会場となるVR空間に待機して、手元の小型モニターでその映像を見ていた俺たちは、自分達の出番を悟って手元から目を離し、前方に向かって軽く手を振った。


「紹介しましょう。黒い髪の小さな少年がミラ、薄い灰色の髪の女性がランマルです!」


 手元の映像を見ると、ちゃんとテロップが出ていて、俺の所属チームもちゃんと記載されていた。さらに、日本の観戦者たちのコメントも流れてくる。

 コメントの中には、明らかに元《WHO》プレイヤーと思われる書き込みも散見された。


〈あのエキシビションの二人、どっちが強いんだ?〉


 と誰かが書き込めば、


〈プロじゃない方の女アバターがこの場で一番強いゾ。正直、大会運営がチャンピオンたちに勝たせる気無さ過ぎて可哀想に思えて来るレベル〉

〈プロじゃない方の女、とか言っているけど、ミラは男でランマルが女だからそもそも女は一人しかいないぞ〉

〈は? 俺のミラたそにはオチンチンなんて付いていないんだが?(過激派)〉

〈素人は黙っとれ。あの顔と体型なのに付いているから良いんじゃないか!(原理主義)〉


 というコメントが流れていく。まさに一を聞いて十を知る、という状態である。……いや、何でこいつら俺のオチンチンについて議論しているんだよ。

 こういうネタ系のコメントもあれば、もう少しまともなコメントもある。


〈相手の四人、せっかくの優勝気分を台無しにされて可哀想〉

〈だよな。相手があの《人斬り人形》と《神の見えざる手》だぜ? 無理無理〉

〈あいつらってギルド《ピアニッシモ》の二人でしょ? 残りの二人は?〉

〈お前知らんのか? あの二人は……その……〉

〈あっ(察し)〉


〈つーか、《神の見えざる手》だけで四人潰せそう。あの《ダブルウエポン》が、

「あいつを倒すためには三本目の武器が必要だ」とコメントした《三チ》の一角だぞ〉

〈よく考えたら夢の対戦カードじゃね? 中国代表で今回二位の《阿修羅》カン・ジエは剣六本使うんだぜ? 三本の倍。それでも勝てなきゃチートだね、チート〉


〈《WHO経験者》の専門用語が多過ぎて全然ついていけねぇ……。《三チ》って何だよ。クトゥルフ神話のSAN値ってやつか?〉


 まあ、あの世界にいなければ話についていけないだろうな。俺も《三チ》とか久々に聞いた。


 SAN値とやらはよく知らんが、《三チ》とは単純に《三大チートみたいに強いプレイヤー》の略である。

 ランマル以外に二人存在しているのだが、あの二人は現実世界に帰って来なかった。故に、ランマルが最強の《WHO経験者》と呼ばれているのであり、残りの二人の誰かが生き残っていたら、最強の称号はランマルではなく、その二人のどちらかに与えられていたはずである。


 なぜなら《三チ》の一人は、あのゲームの開発者=ラスボスがプレイヤーに混じっていた時の姿であり、もう一人は《運営が最も恐れた女》と謳われた曲者中の曲者だからである。


 その女性プレイヤーは、名をスワローテイルと言い、俺も所属していたギルド《ピアニッシモ》のメンバーでもあったのだが、ゲームがクリアされる前に、ゲーム内に残る宣言をして、実際にゲームクリア後もアバターが消えなかった狂人である。

 だから、


〈ガチのチート女がいないから、相当頑張れば世界チャンピオンたちにもワンチャンある〉

〈スワローテイルじゃないからセーフという謎の風潮〉


 というコメントが流れて来ても全く違和感はない。

 さて、俺が出て来るとコメント欄が荒れないわけもなく、


〈あの《百人斬り》のミラが、どの面さげて世界大会に来るのか〉

〈何かコメント欄穏やかだけど、俺はミラがやったことを許してないからな〉

〈クソッ。運営のやつ、ミラに対するコメントの一部に制限掛けてやがる〉


 などのネガティブなコメントも散見された。なるほど、量が少ないと思えば制限を掛けていたのか。運営の人には感謝をしなければならないな。


 そう考えている間に、対戦相手の準備も終わったらしく、リアルの大会会場に似せて作られた真っ暗なVR空間に次々とアバターが出現した。アバターに対して当てられている色とりどりのスポットライトが無駄に眩しい。

 今日この時ぐらいは中世ヨーロッパ風の背景じゃなくても許される。いや、むしろこの方が大会らしくて良い。

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