第8話 世界大会 開始

 大会が始まる一時間前ほどに、大会運営側が用意してくれたサーバーに移動する。

 合流したランマルは、かなり渋い表情をしていた。


「うわ。ご丁寧にタバコ系アイテムが皆ロックされてはるやん……。規制が厳し過ぎて世界アカンわ……やっぱりプロ目指さなくて正解やな」


 世界大会当日になってもタバコが吸えないことについて愚痴をこぼし続けていたランマルを引きずって控室に向かう。

 VR空間内でも競技者たちには運営から専用の控室が与えられており、俺たちの部屋は選手たちとは別の部屋だった。


「俺、ヴォルフさんに挨拶してくるから」

「ほいほい。ミラちゃんがその程度の付き合いは出来るようになってウチもうれしいわぁ」

「何だよ、母親気取りか?」

「ウチがミラちゃんのオカン? そんなん恐ろしゅうてよう出来んわ。グレイスはキレるとホンマ怖いねん。覚えとるやろ?」

「……忘れるわけないだろ」


 スタッフから貰っていた資料を頼りに、ヴォルフの控室に向かった。

 部屋にロック用のパスワードなどが掛けられていなかったので普通に入る。

 ヴォルフは、座って何かを見ていた。てっきり準備運動と称して武器でも振り回しているのかと思っていたので、かなり意外な光景だ。


「大会前だってのに、何やってんだ?」


 振り返ることもなく淡々とした答えが返ってくる。


「何って、対戦相手の過去の試合データを見ているだけだ」

「データ派だったんすか? 知らなかった」


 ようやく資料から目を離してこちらに向き直った。表情だけを見るとあまり緊張していないようにも見える。手足も特に震えていない。流石に場慣れしている。キラとは大違いだ。


「こうやってしている姿を、お前には見せたことがなかっただけだ」


 ヴォルフの言葉の中のとある単語につい反応してしまった。


「予習、ねぇ。古来からネトゲでは重要なワードだけど、それ対人戦でも使えるんすか?」


 予習は大事だ。今でも難易度の高いクエストなどでは必須事項となっている。相手の動きを先に知っておくことによって、チームメンバーに迷惑を掛けないことが一番の目的。


 しかし、この風習が行き過ぎると「ギスギスオンライン」などと呼ばれ始めてコンテンツ終焉の兆しが見え始めるのだが、《YDD》の高難度クエストはクリア報酬をトロフィー等の非実用的なモノにすることで、無理してクリアしなくてもいい空気を作るという方針を軸にバランス調整をしているらしい。


「使えないわけではない。現に俺はこのスタイルで世界大会まで来ている。相手の細かな癖や傾向を掴んでおくと、勝機が見える時もある。可能性は、いくらあっても困らないからな」

「ふーん。で、今見ているのは誰の資料だ?」


 ヴォルフは数秒黙って目を細め、


「お前とランマルのものだ」


 と短く答えた。

 正直な奴だ。だから、正直な反応を見せようじゃないか。……いや、そういうことを頭の中で考える前から俺は声を上げて笑っていた。


「あっはははは! 大会のルールブックをちゃんと読んだか? 俺たちと戦えるのは、三十二人の選手の中の上位四人だけだぞ?」

「ああ。他の選手の予習は昨日までに終えたからな、暇でね」


 真顔で答えるヴォルフの姿を見て更に笑いがこみあげて来る。


「んで、予習教材には何を使っているんだ? ……ああ、いい。わざわざ見せてくれなくても構わない。どうせ《YDD》内で録画したものなのだろう? それはまあ、俺には少し効いても、ランマルの方は欠片も参考にならないぞ。あいつ、隠しているスキルがあるからな」


 俺が与えた攻略のヒントを聞いて、ヴォルフが顔を顰めた。


「……面妖な。しかし、多少のスキルに今更動じてもいられない。いずれは強いと評判の《ダブルウエポン》たちとも戦わねばならないんだ」

「ワオ、こいつは驚いた。ああ、《ダブルウエポン》のヘイズもかなり強いぞ。何せ、《WHO》をクリアに導いたのは奴だからな。英雄サマってやつだよ」


 何かに気付いた様子のヴォルフが意外そうに目を丸める。


「ミラはヘイズのことが嫌いなのか?」


 どうやら表情か何かに出ていたらしい。だが、知られて困るようなことではない。


「好きでも嫌いでもない。あいつのおかげで早めにこっちの世界に戻ってこられたとも言えるが、あいつのせいで俺は……俺たちは《WHO》を最後まで楽しめなかったんだ」


 輝かしい冒険の日々を思い返しつつ、


「《WHO》は巨大な飛行船《フローティング・アサイラム》に乗って広大な世界を踏破していくってゲームだ。あいつがゲームを終わらせたのはエリア八十二の攻略が終わった直後。まだ俺たちが見たことのない世界が十八個分残っていたんだぞ? もったいないとは思わないか?」


 ここにきて、ヴォルフの顔に畏怖にも似た表情が浮かんだ。


「お前は、あのデスゲームを最後まで楽しめなかったことを悔やんでいるというのか? 俺には到底理解出来ないな。生き残っただけで十分だろう」

「理解出来ない、か……それでいい。故に俺に対する予習は不要だ」


 開会式の時間が近付いていることに気付いて、


「エキシビションマッチまで来たら、その予習が本当に無意味だったということを教えてやろう。必ず上がってこい」

「言われなくてもそのつもりだ。お前たちにも勝ってみせよう」


 ガッチリと握手を交わす。数ヶ月前に警察学校の訓練用ソフト内で握手をした時は完全に圧倒されたが、今回は対等……いや、火力重視のステータスとなっている俺のアバターの方が優勢だった。

 手を痛そうに何度か振りつつ、ヴォルフは一旦ログアウトした。開会式はリアルの世界で行われることになっているからである。




 選手たちとは異なり、俺たち二人は秘密のゲストなのでVR空間内の控室で待機。

 部屋に備え付けられていた大型モニターで開会式を観る。

 ちょうど良いタイミングで大会の放送が始まった。

 ライブステージのような暗い空間の中で、ステージだけが多種多様なライトで照らされてサイケデリックな雰囲気を醸し出している。


「今回が第二回大会らしいんよ。ミラは去年の映像見た?」

「開会式前に流れるっぽい大会テーマソングのPVみたいなやつだけは見た」


 ランマルが苦笑する。


「プロならもうちょっと見た方がええんちゃう? まあウチもそれだけしか見てないんやけど」


 そう言っていると、第二回《YDD》世界大会(海外用の英語の名前もあることは知っているが忘れた)のオープニングイベントが始まった。

 会場に詰め掛けている観客たちの様子も映し出されている。観客たちの熱狂が冷めやらぬまま、どこかから音楽が流れ始め、会場内の巨大モニターにアニメーションが流れ始める。


 そして、ステージが開いて一人の長いツインテールが特徴的な女性と、数人の楽器を持った人たちが上がって来た。

 中心に立っている女性は、フリフリした部分が付いているものの、一部は鈍い光を放っている衣装を身に纏っていた。コスプレ的なものなのだろうが、その衣装は《YDD》の最上位層のプレイヤーじゃないと手に入らないようなレベルの防具を模したものだった。上位プレイヤーがその頂点を決めるための大会なのだから、そういう衣装なのも当然と言えば当然か。


 手には、マイクスタンドに刺さったままのマイクが握られている。

 俺はこの手のことに疎いので相手の素性が全然分からなかったが、どうやらランマルの方はその女性を知っているらしく、感嘆の声を上げた。


「おぉ、今年のアーティストは心音シオンかぁ。去年も世界的アーティストが来ていたみたいだし、やっぱり豪華やね。賞金も凄いし、禁煙が原則じゃなければ間違いなくウチもプロ目指して一直線だったわ~」


「あの人、有名なのか?」

「せやで。現実世界でもそれなりに有名やけど、VR内でも超ソックリのアバターがアイドル活動しているんよ。電子の歌姫とも呼ばれていて、日本だけでなく世界でも、ゲームやアニメが好きな層からは大いに支持されているんやって」

「へぇ。そりゃこういう大会にも呼ばれるわけだ」


 少しゆっくりめのペースと低めの音が中心という、聴く者に重厚さを感じさせるメロディに載せられてエレクトリックなハイトーンボイスが流れてくる。

 高らかに歌い上げられるリリックは、心音シオンの背後の巨大スクリーンに映し出されている美麗なアニメーションとリンクしている内容だった。


 大雑把に言えば、一人のゲーマーが戦って手痛い敗北を経験し、様々な人たちとの切磋琢磨を繰り返して、この大会会場に戻って来るという内容だ。


 曲が進んでいる間に、プレイヤーたちが次々と会場に入って来た。有名なプレイヤーも多いため、誰かが来る度に客席から歓声がステージに飛ぶ。


 間奏中、マイクスタンドを薙刀に見立てて豪快に薙刀系上位スキルを再現し始めた心音シオンを眺めながら、ランマルがしみじみと呟いた。


「そういやウチらってああいう真っ当な成長を経験して来なかったんやね」

「挫折を味わう時には色んなものが手遅れになっている世界だったからな」


 しんみりした空気を押し流すようにランマルが適当に、


「それにしても現実であんな連続技再現するって相当ヤバいで。アイドル戦国時代を生き抜いた猛者だけはあるなぁ」

「今のアイドルってそんな争いまでやるのか? アイドル怖っ」


 アニメーションの中の主人公が光り輝く会場に足を踏み入れる所で曲も終わった。

 全ての楽器が鳴りやみ、一拍の静寂を挟んで、音楽と入れ替わるように客席から拍手と喝采が沸き起こる。

 その間隙を突くように、心音シオンがカメラの方を指差し、


「宿命が、お前を喚んでいる」


 と小さく呟き、一礼してツインテールを翻しながら引き上げていく。

 そして、今この瞬間、世界の頂点を決める戦いの火蓋が切って落とされたのだ。

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