第27話 夫婦の時間

 彩芽はガウンを取ると下はネグリジェだ。

「色っぽいな」

「もう、見ないで」

 俺は先にベッドに入って、ガウンを脱いだ彩芽を見ている。

「あなた」

 ベッドに入って来た彩芽が言う。それに俺は答えずに彩芽を抱き締めると、彩芽が目を閉じるので、優しく唇に触れた。

 俺は彩芽のネグリジェに手をかけ、そっと脱がして行く。

 彩芽は再び俺に手を回して来る。俺はそれに答えて、彩芽の唇に触れる。

「あん」

 彩芽が小さな声を出す。しかし、その時何か視線を感じた。俺が、ふと後ろを見るとそこにはミイが立っていた。

「えっ!?」

 俺が途中で止めたのを不思議に思ったのか、彩芽も何事かと思って、首だけ起こしてきた。

「ミイちゃん!」

 彩芽の目にもミイが見えたようだ。

「ミイ、どうしてここに?スリープモードに移行したのじゃないのか?」

「遠慮なさらずに、繁殖行為を続けて下さい」

「いや、そう言われても、ミイに見られてスルのは抵抗があるから。それより、どうしてスリープモードを解除したんだ?」

「何か異常があれば、スリープモードは解除します。今回はその女狐がご主人さまに襲い掛かろうとしていたと思い、通常モードに移行しました」

「ちょっと、襲い掛かるって何よ。私たちは夫婦の行為をしていたのよ」

 今から、いいところだったので、彩芽がちょっと怒った。

「女狐は繁殖行為だけ勤めておけば良いのです」

「もう、バカ」

 彩芽が枕をミイに投げつけた。するとミイは俺たちのベッドに入ってきて、俺の隣に横になる。

「ちょ、ちょっと、ミイちゃんは自分のスピーカの上に戻ってよ。これからは私たち夫婦の時間なのよ」

「私もご主人さまの恋人なので、今から夫婦の時間を一緒に過ごしたいと思います」

「いい、夫婦の時間って夫婦だけで過ごすものなの。恋人は恋人の時間を別に過ごして頂戴」

 ミイが黙った。彩芽の言葉に何かサーチしているのだろうか?

「夫婦の時間は夫婦だけで過ごすというのは、検索出来ませんでした。その言葉の妥当性を求めます」

「うっ、…。圭くん」

 彩芽は俺に助けを求めて来た。

「ミイ、人間は一人では生きていけない。その時に誰か助けを必要とする時があるんだ。今は、彩芽がそうだし、俺も彩芽を必要としている。それが夫婦の時間って事だ」

 ミイが再び黙る。

「人間が一人で生きていけないというのは確認出来ました。その事から現在、お互いを必要としている時間というのは理解出来ます。現在を夫婦の時間として認めます」

「そうか、ならスリープモードに戻ってくれないか。朝は、いつもの時間で起こしてくれ」

「ご主人さまの、ご指示を承りました」

 ミイはそう言うと、スピーカのある部屋の方に出て行った。

「ふう、ミイちゃんも人型をしてなきゃ、ただの機械だと思っちゃうんだけど、人型をしていると機械とも思えないし」

「子供だと思えば良いんだよ。これから子供が出来た時の予行練習さ」

「えっ、子供?」

「夫婦だから当然だろう」

「私、最初は男の子がいいな」

「それは、神のみぞ知るだな」

 俺は横になった彩芽のネグリジェの下に手を忍ばせると、彩芽の目がウルウルしてくる。俺は彩芽にキスをして、部屋の電気を全て消した。


「ご主人さま、朝になりました」

 寝室の扉を開き、ミイが入ってきた。

 その声にびっくりして目が覚める。

「キャッ」

 彩芽とは昨夜のまま寝たので、二人とも裸の状態だ。彩芽がシーツを体に巻いた。

 部屋の時計を見ると、7時を指している。

「もう、こんな時間か。彩芽、起きるぞ」

「ちょっと待って、ねえ、私の下着知らない?」

「えっ、知らないけど」

「これですか?」

 ミイがベッドの下に落ち居ていた、ピンクの透けたパンティを摘まんで持ち上げた。

「あっ、それ、私の。もう、変態」

 彩芽はミイからパンティを奪い取るとベッドの中で履いている。今度は身体にガウンを羽織り、ベッドから出た。

「あなた、直ぐに朝食にするから」

「朝食は既に用意出来ています」

 リビングに行ってみると、ミイの言葉通りにテーブルの上には2人分の朝食が用意してある。

「ミイが作ってくれたのか。ミイは本当に良く出来た子だ。ありがとうな」

「愛情2ポイントアップ」

 また、愛情ポイントがアップした。

「確かにありがたいけど、何だかあなたの妻という感じがしないわ」

「普通の主婦なら反対の事を言うぞ。彩芽だって助かるだろう」

「そうね、ミイちゃん、ありがとう」

「女狐に礼を言われる筋合いはない」

「人が折角、お礼を言ったのに、もう」

「ははは、ミイは照れているんだよ。相手が子供だと思えば、そう腹も立たないだろう」

 俺の言葉に、彩芽の怒りは納まったようだ。

 俺と彩芽は朝食を食べ、ミイは電源コードから充電をしている。充電をしている時のミイは動かないので、寝ているようにも思える。

 朝食が済んだ俺たちは片付けをして部屋を出るが、彩芽は女性なので化粧とかに時間がかかる。その間、俺はミイと過ごす事になる。

「お待たせ。行きましょうか」

 支度が出来た彩芽が部屋から出て来た。

 3人で今日も情報鑑識センターがある山川署に向かうが、山川署の玄関の所で有村刑事と森田刑事に会った。

「おはようございます。今からですか?」

「桂川くんか、おはよう。実は昨夜、火事があってね、今日はその捜査という訳だ」

「火事の捜査ですか?それは消防の管轄ではないのですか?」

「その火事で一人の焼死体が見つかったんだが、その死体には刺し傷があったんだ。どうやら殺人事件らしい。

 後から、そっちの方にも捜査依頼が行くかもしれないから、その時はよろしく頼む」

 しかし、有村刑事の言葉は俺たちが情報鑑識センターの部屋に行くと、直ぐに現実になった。

「お待ちしていました。今、山川署の方から捜査依頼が来ました。昨夜発生した火事の現場に身元不明の焼死体があったそうです。その死体には刺し傷があり、殺人事件と判断されましたが、殺された被害者と犯人の捜索に協力して欲しいと言う事です」

 俺たちが部屋に入ると山本巡査部長が早速、説明して来た。

「その事はさっき、有村刑事から聞きました。もう、捜査協力依頼が来たのね」

 彩芽が答える。捜査協力依頼を受けるかどうかは彩芽の判断になる。それを思うと、彩芽はかなり偉いさんの部類に入るのだろう。

 俺は、彩芽の顔を見る。それはこの依頼を受けるのか?と、いう事だ。

 彩芽も俺の顔を見ると、目が受けると言っている。何だろう、彩芽が言わなくても、何だか彩芽の言おうとしている事が最近分かるようになって来た。

 これも夫婦となって、身体が繋がったからだろうか。男と女の間には不思議な力があるのではないかと感じてしまう。

 彩芽も俺の方を見ると、山本巡査部長に答えた。

「分かりました。では、捜査に移ります。あなた、それでは捜査に着手しましょう」

 彩芽が「圭くん」と言わずに「あなた」と言って来た。それを聞いて、山本巡査部長が顔を赤くする。

 でも、本人は何が拙かったのか分からない。

「えっ、何か?」

「いえ、何でもありません」

 この場の雰囲気を悟ったのか彩芽が言うが、山本巡査部長はスルーした。

「では、被害者の写真から出します」

 モニターに焼死体写真が出されるが、正直、それは焼け爛れており、直視出来ない。その中に、胸の所がアップされるが、いくつかの刃物で刺したと思われる刺し傷がある。

 その被害者に乳房はなく、股間に男性器と思われるものがあったので、この被害者は男性で間違はないだろう。

 しかし、写真からはそれ以上の事は分からない。

「この事件を殺人事件と断定し、9時から山川署の方で捜査会議があるそうです」

 山本巡査部長の言葉で、部屋の時計を見ると既に8:50だ。

 俺たちは、情報鑑識センターの部屋を出て、エレベータで地上階にある山川署に向かう。5階でエレベータを降り、大会議室への通路を歩いて行くと、入り口の所で再び有村刑事と森田刑事に会った。

「やっぱり、依頼が行ったんだな」

 俺たちの顔を見た有村刑事が言う。

「ええ、情報鑑識センターの部屋に行ったら、早速、呼び出されて…」

「そうかい、それなら今度もよろしく頼むぞ」

 会議室に入ると、いつもの通り、俺たちは一番後ろの席に陣取った。そこで、タブレットを操作して、会議資料をダウンロードする。

 鑑識が撮影した、目を背けるような写真が並ぶ。

 その席には、山本巡査部長も来た。

「山本さんも呼ばれたんですか?」

「福山所長から電話があって、行ってくれと」

 最後尾の席には、俺の隣に彩芽とミイが居て、その隣には山本巡査部長と有村、森田刑事が並ぶ。

「直視出来ないですね」

 タブレットの写真を見た山本巡査部長が言うが、その通りだろう。

 ミイにタブレットは無い。ミイは無線LAN回線から直接データを受信しているからだ。


 全員が着席すると、直ぐに捜査会議が始まった。

「まず、身元ではあるが、火災にあった家の住人である『藤井 秀樹』68歳と思われる。家族は妻がいたが離婚しており、既に何年も会っていないということだ。

 後、子供は男と女がいて二人とも母親が引き取り、既に成人して社会人となっているが、息子の方は行方不明だ。

 息子の名前は『金子 雄大』38歳。母方の苗字を名乗っている」

「すると、この息子が父親を殺して、逃げたという事でしょうか?」

 前の方に座っている刑事が質問した。

「その可能性が高い。息子は会社を辞めている。写真を見て貰うと分かると思うが、刺し傷が複数ある。これは怨恨によるものと思われる事から身内による犯行と断定出来るだろう」

「ミイ、犯人と思われる金子雄大の居場所は分かるか?」

「待って、あなた。まだ死体が藤井秀樹と決まった訳ではないし、息子が犯人と決まった訳でもないわ」

「なら、まずは焼死体が藤井秀樹であることを確認する必要があるな。しかし、こう死体の状態が悪いと見分けは出来ないだろう」

「それならば、特定部位のみに絞りましょうか?

「ミイ、どういことだ?」

「例えば、耳の形はよほどでないと変わりません」

「なるほど、それで本人かどうか確認出来るか?」

「生前の写真がありますので、耳の照合をやってみます」

 ミイが黙ったという事は、今画像処理中と言う事だろう。しかし、その結果は直ぐに出た。

「耳の形が一致しません。これは藤井秀樹とは別の人物です」

 それを聞いた彩芽が発言する。

「我々の画像解析結果から、耳の形が一致しません。この焼死体は藤井秀樹ではありません」

「分かった、今DNAを鑑定しているが、それもそのうちはっきりするだろう。そうすると、この仏は誰だろう?」

「画像解析の方から息子の方と思われます」

 有村刑事の言葉に反応したのはミイだ。

「そうなると、息子が父親に何らかの用事で来たところ、口論となって父親が息子を殺したということか」

「その可能性が高いでしょう」

 彩芽が有村刑事の言葉に返した。

 この事は、彩芽によってその場に居る刑事たちに伝えられた。

「では、父親の藤井秀樹を直ちに手配する。各人は父親が立ち寄りそうな所を当たってくれ。では、解散」

 捜査会議は一旦終了となり、参加していた刑事たちが散って行く。

 俺たちは、情報鑑識センターのある地下端末室に降りようとした時だ。有村刑事に呼び止められた。

「嬢ちゃんたち、今日は俺たちに付き合ってくれないか?」

 そういう有村刑事の横には森田刑事も居る。しかし、今日は、もう一人女性の刑事がいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る