閉じ込められた男

閉じ込められた男

その男は閉じ込められていた。


狭くて暗い空間に。


わずかな空気の流れさえない

完全なる密封状態。


このままずっとそこに居れば

やがて綺麗な空気は無くなり、

男も死ぬしかないだろう。



――崩落事故


レスキュー隊員である彼は

崩落したトンネル内に閉じ込められてしまった

人間達を救出していたが、


再び起こった崩落により

今度は自分だけが閉じ込められてしまった。


外では救出作業が続けられてはいるが、


豪雨の中、

トンネルが掘られている山自体に

落石と土砂崩れの危険性も高く、

またいつ二次災害が出るかも分からない。


最悪な状況の中、

救助活動は相当に難航している。


ハッキリと言ってしまえば、

男が助かる可能性はかなり低い。


まぁ、僕からすれば

こんな機会を逃す筈はなく……


密閉されたトンネルの中へと入ることにする。



僕は受肉はしていない。


霊体を可視化させていて、

人間の肉体同様に具現化してはいるが、


基本的には霊体なので

こちらの世界の物質を

通り抜けるなんてこと、訳はない。



これはまぁ、

思った以上に狭いね。


よくこんな狭い所に

奇跡的に入り込めたものだ……。


神の加護でも受けているのかな?

それはそれで面倒なんだけど。



「やあっ」


「!!」


突然の声にびっくりした男は、

慌ててヘルメットに装備されている

非常用ライトを点けた。


それまで闇しか無かった空間が、

灯りに照らし出されて眩しい。


「た、助けに来てくれたのかっ!?」


まぁ、普通そう思うよね。


「ごめんね、

助けではないんだな、これが」


「僕は悪魔でね」


「あ、悪魔!?」


「物質を通り抜け出来るんでね、

君の様子を見に来たんだよ……」


ま、まぁ、

そういうことにしておこうかな、今回は。


あまりこの男の神経を

逆撫でするようなことも言いたくないしね。



悪魔の中には、

煽りまくって作為的に人間の絶望を

引き出そうとする連中もいるけどさ。


僕はそういうのは好きじゃないんだよ。


人間が醸し出す

ナチュラルな絶望が好きなんでね。


悪魔の過剰な演出によって

引き出された絶望は、

化学調味料で整えられた味みたいなもんだ。


やはり素材のままの味を楽しまないと。


まぁ、これも

ナチュラル志向ってことなのかな。



「外では救助活動が

行われてはいるがね……


生憎、最悪なことにこの豪雨だろ?


また二次災害の恐れもあるし、

まだまだ相当時間は掛かりそうだね」


あれ?

心拍数上がっちゃったな


「おっと、

君はあんまり喋らない方がいいよ、

空気の消耗が激しくなるからね、

限られた空気は大事にしないと」


あれれ?

過呼吸気味になっちゃったな


いやいや、煽る気なんて全く無かったのに


事実を伝えただけなのに……。


まぁ、とりあえず

絶望を食べるから、

少し落ち着いてもらおうか。



「それを言うなら……

お前がここに居たら、

酸素の減りが早くなるんじゃないのか?」


「あぁ? 僕かい?

僕は大丈夫、そもそも呼吸してないからね」


まぁ確かに、彼からすれば、

僕が来たことで酸素消費量が倍増したら、

そりゃ死活問題だろうしね、

気になるのも無理はない。


「僕は、こう見えても霊体でね

まぁ、霊ってのは呼吸してないから……」


「そうなのか?」


「そりゃそうでしょ?


よく人間が死んだ時、

息を引き取ったとか言うじゃない?


肉体の呼吸が止まっているのに

魂が呼吸してたらさ、

ちょっと意味分からなくないかい?


それ、息止まってるの?止まってないの?

みたいなことになるじゃない」


「なんか変な悪魔だな……」


それよく言われるよ、人間に。


「それでも、やはり誰かと話してると

安心出来て、気分が落ち着いて来るな……」


それもよく人間に言われるね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔ベルゼ、人間の絶望を喰らい尽くす ウロノロムロ @yuminokidossun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ