第7話 腐敗の王の『プロファイリング』。

「ファイルをありがとう」

 葉月は、腐敗の王に関する資料を漁る。

 そして、じっくりと時間を掛けて考えていた。


 令谷とも、崎原とも距離を置いて個室で考える。

 この部屋に監視カメラは無い。


 しばらく、悩んだ末、佑大にメールを送る。

 佑大は言っていた。

 葉月自身が犯した犯行の話はしないと。

 悩んだ末、佑大にメールを送る。


 佑大からメールが返ってくる。


<その殺人犯の資料を写真に撮って見せてくれないかい?>

「分かったわ」

 犯行現場の写真。人間の腐乱死体。腐り果てて転がった人間の破片…………。


<分かった。葉月。これは『九相図』だ>

「九相図? 聞いた事がある」

 葉月はスマートフォンから検索する。


 九相図。

 野外に捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階に分けて描いた仏教絵画。

 死後まもない死体から始まり、次第に腐り切っていき、血や肉がドロドロに溶解し、鳥や獣に喰い荒らされる様子を九枚の絵画で表現したもの。九枚目となる最後の絵画には、白骨ないし埋葬された様子が描かれる。

 

 修行僧の悟りの妨げとなる煩悩を払い、現世の肉体は不浄なもの、無常なものと知る為の修行の図。鎌倉時代や江戸時代によく製作された。

 

 九相図の題材となるものは女。

 それは修行僧の情欲の煩悩を断ち切る為。


「で。この犯人は何故、九相図の作成を?」

<俺、絵、描くじゃん? 葉月、君から頼まれて、グリューネヴァルトのキリストの絵を描いた。だから、すぐに分かった。つまり、この犯人は作家。というか、画家なのかな? 本職が画家かどうかは知らないよ? でも、犯人にとっては絵を描いているんだよ>

「なるほど…………」


 絵を描いているのだとしたら…………理解者が欲しい筈。

 現に葉月は理解者として、佑大に自身の犯罪の事を話している。

 自身の感性を理解、共感してくれる人間がいるから、作品作りに力が入る。


 なら、腐敗の王は何がしたい?

 共感者か?

 理解者か?

 あるいは?


「同志が欲しいんじゃないかしら? 佑大。貴方の意見を聞きたい」


<俺もそう思う>


「じゃあ。私達の、このやり取りをした、LINEメールは削除しましょう。特に証拠の死体写真はまずい。情報が流出されると困る」

<でも、消しても、記録として電子の媒体には残るんだろう?>

「それでも消さないよりはマシ。いつも、私の話を聞いてくれてありがとう」

<君の事は守りたいと思う。支えになってあげたい>

「ありがとう」


 葉月はスマホの電源を切る。

 そして腐敗の王のファイルを閉じた。



「分かったわ。まず、バラバラの腐乱死体ばかりが犯行現場に残されているけれども……。それは別の事を隠す為」

「いや……、奴はモノを腐らせる力を持っているんだ。……だから、被害者を殺している。快楽の為になっ!」

 令谷は反論した。


「違う。現場から“持ち去ったもの”の方が重要。腐らせる力を持っている化け物だけど、彼の目的は別にある。それは持ち去ったもので……つまり、腐敗させなかった、身体の一部で“作品”を創る為。腐敗させる力は確かにあるけど、それは心理的盲点。本当は、腐らせなかった部位を持ち去る事に重点を置いているわ」

「………………。……どういう事だ?」

「そのままの意味。血か? 骨か? 内臓か? あるいは人体の別の部位なのか? それを何らかの形で“作品”として形にしている」

 葉月は断言した。


「…………。血や、すり潰した内臓で、絵も描いているのか?」

「そうね。血や臓器で水彩画を描いているかもしれない……」

「腐敗の王は、イカれた画家か?」

「………………。画家以外かも…………。人形作家。彫刻家。仏像職人。陶芸家……」

 分かっているのは、持ち去った人体の一部を作品の一部にしている事……。


「けど。この犯罪者……腐敗の王は、それだけじゃない。“自分の作品で満足出来なかった”。そうも考えていると思う」

「どういう事だ?」


 葉月は令谷の顔を睨み付けるように見据える。

 そして、小さく溜め息を吐いた。


「『腐敗の王』は“画廊”を作っている。画廊主。ギャラリーの主人よ。それも、シリアルキラー限定の画廊。様々なものを展示させている」


「どういう事だ?」

 令谷は首を傾げる。


「そのままの意味。腐敗の王は画廊主。かなりのシリアルキラーを手懐けている。……手懐けている、という言葉は変ね…………。何名かのシリアルキラー達を“芸術家”だと認識して彼らのパトロンになっている」


「そんな奴なのか?」

「令谷。貴方の前に腐敗の王が現れるのは“自身が強いと考えている”から。それと“貴方もアーティストの素質がある”から、と、実際に見定める為に現れている。まだ、今の貴方の力では迂闊に深入りしない方がいいと思う」


「俺は何であろうが、始末する。警察としてじゃなく、連中を狩る為にな……………」

「聞いて。牙口令谷。“腐敗の王”は一人じゃない。私と令谷を襲撃した際に、仲間がいたわね。仲間達は、何名かは分からない。でも、ギャラリーに絵や彫刻を展示する為には、何名もの作家がいる」

 葉月は断言した。

 つまり、腐敗の王の周りには、特殊なシリアルキラーが何名もいる。

 異常な殺し方をしている者達が、何名もだ…………。


「怪物達の作った作品の展示会を開く、ってわけか」

 崎原は息を飲む。


「悪趣味だな」

 令谷が呟いた。


「いずれ、この私に、もう一度、コンタクトを取ってくるでしょうね」


令谷は部屋の片隅に物静かに座っている黒髪の少女を見つめる。

 葉月の生み出したゾンビである、怜子。

 容易に想像出来るのは…………。

 腐敗の王は、怜子を葉月の“作品”と認識する事。


 昼宵葉月と牙口令谷は、互いを睨み合っていた。


「私が敵に回してしまったのは警察だけじゃないみたいね」

「もし、お前の推理が正しいのなら、お前は向こう側に付くのか?」

「冗談じゃない。誰が。でも…………」

 葉月は、少し考えて令谷の顔を眺めていた。


「貴方の友人も狙われる。絵を描いているんでしょう?」


 葉月のその言葉に、令谷は奥歯を噛み締める。

 …………、彼方の存在を知られた事になる。


「彼は殺人犯じゃない…………」

「でも、巻き込んでくると思う」


 二人の間で、沈黙が生まれた。


「私は、今日から…………」

 葉月は、少し冷や汗を流していた。


「警視庁・特殊犯罪捜査課のメンバーになるわ。牙口令谷。それから、崎原。今日から、宜しくね」

 そう言って、葉月は怜子を連れて部屋を後にする。


「証明写真持ってきてくださいねっ! 此処の一階で撮影出来ます。服装は何でもいいです。状況によっては、現場で警察手帳の代わりにもなりますっ!」

 富岡が大声で叫ぶ。


「分かったわ。一階に寄るわ」


 葉月のブーツの音が、署内に鳴り響いていた。


「『ネクロマンサー』を懐柔出来た事になるな。ええ? 崎原」

 令谷は煙草に火を点ける。


 崎原も煙草に火を点ける。


「本当は警察ってのは、お前達、若過ぎる連中に捕まえさせるべきなんじゃないけどなあ」

「仕方無い。出来る人間がやるしかないんだよ」

 令谷は小さく溜め息を吐いた。


「んで。シリアルキラー『ネクロマンサー』は俺達の味方をしてくれるのか?」

「さあな!」

 そう言って、令谷も部屋を出ていった。



 そうして“シルバー・ファング”と“ネクロマンサー”は組む事になった。

 警察側の人間として…………。


『ブラッディ・メリー事件』。

『エンジェル・メーカー事件』。

『ヘイトレッド・シーン事件』。

『スワンソング事件』。


 そして『ワー・ウルフ事件』。


 後に起こる、それらの猟奇的な連続殺人を牙口令谷と昼宵葉月は解決する事になるのは、後の話になる…………。

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