第5話 『ネクロマンサー』。昼宵葉月。2

「この辺りで昼宵葉月が入り込んだな。もう一人、ペアになっている長い黒髪の女は奴の友人か?」

 令谷はタクシーを使って、葉月の入ったバスを追跡した。

 葉月は友達らしき白い服の少女を連れて、二階建ての廃屋へと入った。

 当然、向こう側はこちらに気付いている。


「ここは狭そうだな。これは置いておくか」

 令谷は狩猟銃を地面に置く。


 令谷は代わりに小型の22口径の銃を手にして、空き家へと突入する。

 銃の先にかちゃり、と、サイレンサーを付ける。


「お前が何者なのか教えてくれても、いいじゃないか」

 令谷は廃屋の中で大声で叫ぶ。


「怜子。しばらく肉は食べていないわよね?」

「…………。うん……」

「いい加減に追跡されるのに疲れた。もう、そいつ食べていいよ」


 何者かが天井から飛び掛かってきた。

 真っ白い服の少女が、眼を輝かせながら、右手に斧を持って令谷目掛けて振り下ろす。

 令谷の左肩が刃物でエグられる。

 令谷の肩から、血が真っ赤に飛び散る。


 斧を手にした少女の様子はおかしかった。

 眼が血走っている。

 少女は斧に付着した血を舐める。


「お前。化け物だろ?」

 令谷は淡々と訊ねた。


「怜子。そいつ、銃持っているから。加勢しようか? っていうか、白い服が汚れる。そいつ、息の根を止めた後、じっくり食べてもいいのよ?」


 令谷の動作は素早かった。

 ぱしゅ、と、拳銃の引き金を引いていた。

 怜子の頭に銃弾がのめり込んでいく。

 怜子はびくびく、と、身体を揺らすが、構わず、令谷へと斧を振りかざした。


「なんだ? お前? 頭を撃ったんだぞ? 何故、倒れない? 死なない? そもそも、傷口から出血していないんじゃあないのか?」

 令谷の腹に斧の刃先が当たる。


 令谷が負傷する度に、怜子は令谷の血を舐めていた。


 令谷は引き金を引く。

 今度は怜子の胸に当たる。肋骨を破壊して心臓部に命中した筈だ。だが、血は流れない。


 なんなんだ?

 まるで、こいつは…………。


「おい。昼宵葉月。この怜子という少女…………っ!」

「何かしら?」

 上の階で、葉月は二人の戦いを観察しているみたいだった。


「ゾンビなのか? 不死者の類だろう?」


「ふん。だったら、なんなの?」

 昼宵葉月は、冷たく笑っていた。


「怜子。苦戦しているみたいね。さっさと、そいつの頭をもぎ取ればいいのに」

「……葉月ちゃん…………。この人、強いよ……。普通の人の動きじゃない……」

「なるほど、ね…………」


 ぎぃー、と、ジッパーが外れていく音が聞こえた。


「怜子下がって。私がこいつを始末する。怜子、それ以上のダメージは危険よ。幾ら貴方の肉体と言ってもね」

 葉月が、静かに階段を降りていく音が聞こえた。



「そうか。昼宵葉月…………、お前は…………」

 令谷は空き家の外に置いた、殺傷力の高い対人外用の武器である狩猟銃を取りに戻ろうとする。


「お前は死霊術を使えるのか……っ!」


 空き家全体に何か奇妙な匂いが漂っている。


 令谷は気付く。

 蓮の香りだ。

 葉月は、蓮の香を焚いている…………。


「空き家の外に、強力な武器を置いてきたのは見ていた。それを取りに行かせはしない」


 一階の部屋全体を何かが走り回っていた。


 令谷は右腕の肉を何かに食い千切られる。

 令谷はそれを眼で追う。

 それは、ネズミだった。白いネズミだ。


 更に何かが飛び掛かってくる。

 令谷は咄嗟に、それを銃で撃つ。


 猫だった。

 身体の所々が腐り、半ば白骨が露出している猫だった。


「ああ。そうそう。この空き家の中で死骸を見つけた」


 此処は…………。

 生ける死者達の屋敷だ。

 

「昼宵葉月。お前は『ネクロマンサー』なのか…………っ!」

 令谷は叫ぶ。


「そういう事になるのかしら」


 ゆっくりと、昼宵葉月は階段を降りていく。

 怜子が階段を駆け上る。


 ザシュッ、と、令谷の足を何者かが駆け抜けて、彼の足を裂く。

 令谷は思わず、地面に這いつくばった。


 令谷の拳銃を持っている右手も、何かが攻撃する。

 思わず、令谷は拳銃を取り落とす。


 葉月はシャベルを手にしていた。

 どうやら、あの黒いギターケースの中にはシャベルが入っているみたいだった。


 葉月は怜子を抱き締める。

 そして葉月は怜子の頭を撫でて、額にキスをする。


「愛しているわ。怜子」

 葉月は怜子の黒い髪を撫でる。

 怜子の氷のように冷たい死人の腕が、葉月の腰に手を回す。


「イカれているな? オイッ!?」

 令谷はその光景を見て、背中に小さな寒気が走る。


 葉月は怜子から離れると、右手に何かを手にしていた。

 それは小さな白いネズミだった。

 死んでいる…………。

 令谷はそのネズミが何なのかを理解する。爬虫類ショップで売っている、蛇などの餌に使われるマウスだ。葉月はそれを地面に転がしていく。葉月の左手には、何かが握り締められていた。


「死ね。牙口令谷。私は生きている人間よりも、死体となって横たわっている人間が好きなんだっ! よく知っているわよね? 人間は死んだら氷のように冷たいの。生前よりも遥かに重くなる。そう、ただの物体と化すの」


 葉月はシャベルを掲げて、ゆっくりと階段を降りていく。


「貴方が死体になった後、下水の臭いよりも酷い腐敗臭を嗅いであげるわ。知っている? 人間は腐敗していく過程で沢山の虫が集まってくるの。特に今日のような真夏の日は凄い」

 葉月のそれは、うっとりとロマンスを語るような口調だった。


 葉月の左手の線香から発せられる煙が、階段の上に置いた白いネズミの上にふり掛かっていく。やがて、死んでいるネズミ達は次第に動き始めていく。


 ネズミ達は獰猛に、血の臭いを発している令谷に向けて飛び掛かっていく。

 令谷は、ポケットから別の銃を取り出してネズミ達を撃ち落としていった。

 そして、彼は立ち上がる。


「狩猟銃を取りに行きたいが。お前の頭を撃ち抜いた方が早そうだな」

「やってみなさいよ。牙口令谷。その前に、貴方の喉を裂いてやるわ」

 葉月は再び階段の上へと登る。

 彼女は何かの死体を令谷に見せていた。


 それは小鳥だった。

 小鳥の死骸だ。

 線香の煙が、小鳥の死骸へと注がれていく。

 小鳥は動き出して、令谷へと飛び掛かる。


 令谷は迷わなかった。

 銃で葉月を撃つフリをして、全力で空き家の外へと向かう。

 そして、狩猟銃を手にする。


 小鳥のゾンビが令谷向かって襲撃してくる。

 令谷は引き金を引いた。


 小鳥は弾け飛んで、弾丸が大きく階段を破壊した。

 怜子が思わず、息を飲む。

 ショットガンくらいの威力はあるのだろうか? 人体に命中すれば、一撃で人間の肉体など四散するだろう。


「処で昼宵葉月。お前、本当は友達の事、愛してなんかいないだろ? お前は典型的なサイコパシーだ。肥大化したナルシズムを抱えている。お前は自分の望みを叶える為なら他人を利用しても踏み躙っても、何も感じない人間だろ?」

 令谷は狩猟銃を手にして、ゆっくりと空き家の中へと近付いていく。


「ふん。挑発に乗ってあげるわ。牙口令谷。そうだ、怜子。斧でそいつの両脚を削いでやれ。この辺りには虫の死骸も多い。私は動けなくなった、その男を生きながら虫に食べさせるとするわ」


 令谷へと何かが勢いよく投げ付けられる。

 どうやら、怜子が斧を全力で令谷に向けて投げ付けたみたいだった。

 令谷の脚を狙っている。

 令谷は向かってくる、その斧を眼で追いながら地面を蹴ってそれを避けた。


「怜子。この空き家。錆びた包丁も見つけたわ。次はこれでそいつの首を狙いましょう」

 葉月は加虐的な声で楽しんでいた。


「おい。大切な人間なんだろう? なら、その大切な人間を危険に晒させるな」

 怜子は息を飲んでいた。

 階段の上から、葉月はその光景を見て言葉を失っているみたいだった。


 怜子の額のすぐ前に、狩猟銃が向けられていた。

 令谷の動きが良くなった。

 そして簡単に距離を詰められたみたいだった。


「頭を吹き飛ばしても動けるのか? お前のお人形さんはな?」

 令谷は狩猟銃の引き金に触れる。


「葉月ちゃん…………」

 怜子がうめく。


「…………。……怜子を今、撃ったら四肢を破壊した後、時間をかけて虫と小動物に喰わせるわよ…………」

「その前にお前を撃ち殺す。なら、そんな事にはならないな」


 怜子は眼を閉じた。


 何かが、空き家の中へと入ってくる。


 令谷の狩猟銃が弾き飛ばされていた。

 同時に、葉月の手から線香が叩き落されていた。


 空き家の外に、何者かがいた。


「何? 貴方の仲間?」

 葉月が訊ねる。


「いや…………。俺、一人だ」


 葉月は何が起こったのか、周辺を確かめる。

 壁に大きな孔が空いている。

 よく分からないが、空き家の外。数十メートル先から正確に葉月が手にしていた線香を、彼女の手を傷付けずに撃ち落とした人間がいる、という事実だけが分かった。


 令谷は葉月と怜子から眼を放さずに、ゆっくりと、空き家の外へと出る。


「おい。何者だ!?」

 令谷は訊ねた。


 葉月も空き家の外へと向かう。


「牙口令谷。一時休戦しましょう。そいつは何? 状況から分析すると、貴方は私を尾行して始末しようとした。でも、どうやら、貴方も尾行されていて、私達と貴方の戦いを観戦していた第三者がいるみたいだけど」


 それは黒塗りの車だった。

 車の窓はスモークになり、真っ黒で中の人間が見えない。

 助手席の窓は少し開いており、そこから銃口が覗いていた。


 後部座席の窓が少し開いていく。

 真っ黒なフードを被った顔のよく見えない男が、三名を見ながら、値踏みしているみたいだった。顔がよく見えないのは、もしかすると、顔にマスクを張り付けているのかもしれない。


「先日ぶりだな。牙口令谷。俺の方から来てやった」

 ボイス・チェンジャーで声を変えているが、その人物を令谷は知っていた。


「腐敗の王だなっ! 何をしに来た!?」

 令谷は車の後部座席の人物を睨み返す。


「俺は今、何名かの犯罪者とグループを組んでいる。昼宵葉月。君の事は『ネクロマンサー』と呼んでいいか? 君は俺の仲間になる資格も素質もありそうだ。そちらの白い服のお嬢さんと共に、よければ俺の処に来ないか? 面倒な連中にも狙われなくて済むぞ」


「…………。考えておくわ。まず、貴方が何者か知らないと」

 葉月は腕を組みながら、空き家の外に出る。


 令谷が狩猟銃を取る為に、空き家に戻ろうか考えていた。

 助手席から覗いている銃口は、在り得ない角度から、ありえない位置に正確に銃弾を当てていた。


「見た処、今日は挨拶をしに来た、と言った処だけど。そっちの牙口令谷を私の代わりに撃ち殺してくれると、とても助かるなあ」

「彼には、少し泳いでいて貰いたい。まだ殺さない」

 令谷から、腐敗の王と呼ばれた人物は、余裕たっぷりにそんな事を言った。


「そろそろ。俺達は行かせて貰うぞ。葉月。考えておいてくれ。俺の仲間になってくれると、嬉しいんだ。今日は、その事を伝えに来た。君の実力も見せて貰ったしね」

「貴方に手の内を晒した醜態を、私は見られたってわけね」

「『エンジェル・メーカー』。もう去るぞ。昼宵葉月と、もう片割れである、上城怜子を見れたからな」

 車のエンジンが掛かる。

 

「あ。そうそう、牙口令谷。君のご両親をね。その、殺害した者の正体は、俺達の方でも調べているんだ。興味があれば、今度、ちゃんと話し合おう。交換条件次第で情報提供が出来ると思う。そいつを殺す為だけに『特殊犯罪捜査課』に所属している。つまり、警察の犬をやっているのだろう?」

 それだけ言うと、黒塗りの車は去っていった。

 最初、高級車だと思ったが、国産の安い奴だ。


「私達、もう帰っていい?」

 葉月は怜子の傷口を見ていた。


「おい。俺はお前を始末する為に来たんだが……」

「警察から連絡があって、私にこんな提案が送られてきたのよね。“牙口令谷という銃を使う”子供“が、近々、そちらに向かうと思う。そいつを相手に少し遊んでやれ。『特殊犯罪捜査課』に協力してくれたら、お前のこれまでの犯行に目をつむってもいい”。そんな趣旨の手紙を貰った」

 葉月はそう言うと、空き家の中に置いてあるシャベルをギターケースに戻すと、怜子と共に、空き家を後にする。


「牙口さんさあ。貴方、警察の上の方から舐められまくっているの? まるでピエロ。それとも『特殊犯罪捜査課』っていう課が警察から疎まれているの?」

 そう言うと、葉月は怜子を連れてその場を去る。


「じゃあね。狂犬さん。私達は、もう帰るわ。少し遅れたけど。そろそろ、午後のティータイムがしたい」


 真夏の容赦の無い日差しが、牙口令谷に降り注がれる。

 令谷は、炎天下の下、屈辱の怒りで何度も地面に拳を突き立てていた。

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