第22話 恋バナ 神原さん編

相変わらず神原って奴の匂いは甘いな…。ついクンクンと犬のように嗅いでしまった。俺は、ハッピーパパ。身体がごついせいか、ぱっと見は強面だけど、顔は人間っぽいってよく言われる。性格としては、結構甘えたい方の猫科動物だ。

神原の足に体当たりして、しっぽでバンバン叩いてやったら、やっとこっちを見て頭を撫でてくれた。どっちかというと顎をもしゃもしゃして欲しいんだけどな。

神原に俺の顔を向けて薄眼にしたら、両手を伸ばして俺の顎をもういいって言うくらいもしゃってくれた。

神原、お前っていい奴だな。俺の心のつぼをついているぜ。


◇◇◇


「僕はね、まだこの人って思える人に出会えていない気がするんだ。

僕は、自分が世にいう男性的な志向じゃないって気が付いたのは、小学生の頃なんだけど、男の人を好きになったかと言うと何となくもやもやしているんだ。

高校生の時は、少し年上の男性に目が向いていたんだけどね…。」


溜息をついて、ブラックコーヒーを飲む横顔は、下から覗いてみているせいもあるけど、やっぱり中性的で顔だけ切り取って性別を聞かれたら半分くらいに意見が分かれるんじゃないかって思うくらい、男にも女にも見える。

神原が俺を構わなくなったので、仕方なく顔を拭いてみた。ついでに最近太り気味の腹周りも舐めとこう。あー。俺は、神原が好きだよ。


「大学に入ってから、写真に興味を持って人物や風景とか撮影するようになって、性別が問われない世界に入ったせいもあるけど、ほんとはこの世の中、男とか女とか関係ないんじゃないかなって感じているんだ。

今こんなこと言うと変かもだけど、聖子さんや美優さん、あんちゃんが好きなんだ。この猫カフェが好きで、猫ちゃん達が大好きなんだ。

出会う人や風景が、いつもきらきらしているように見えて、いつまでも撮っていたいって思うし、どれも掛け替えのない世界で大切にしたいって思う。

男性からも誘われることがあるけど、その気になれなくて…。」


「あら、今まで誰にも惹かれなかったの?」聖子さんがするどい突っ込みを入れる。

「あー。一人だけ居たかな。でも、そいつは、交通事故で亡くなってしまったんだ。

高校生最後の夏だったっけ…。僕たちは、同じクラスで名前が近いせいか、同じ班になることが多くて…。一緒に受験勉強もしたし、海に行ったり花火を見に行ったりもした。どうしても二輪バイクに乗りたくて、そいつはこっそり免許を取って、大型バイクを買ったんだ。運転が慣れたら、後ろに乗せてもらう約束もしてた。


あいつの家は高速道路の近くにあって、窓から高速を走る車とバイクが見えるんだ。夕焼けに染まった高速道路をすごいスピードで走るバイクを見ながら、どんな風景が目に移っているんだろうなんて…どうでもいいことばっかり話してたよ。

あいつの見る世界は、いつも変わってた。色とかアングルの捉え方が面白くて…。趣味で絵を描いていたせいか、構図が可笑しいんだよ。

バイクを買う前は、僕たちは自転車を使っていたんだけど、ゆるゆる坂とかめっちゃきつ坂とか名付けた坂を登って、一番上に着くとそこから見える景色にまた名前をつけて遊んでた。

その後からだったかな?あいつは一人で買ったばかりのバイクを乗り回して…。

事故は、バイクの前に子どもが飛び出して来たのを避けようとしたから起きたらしい。あいつのお母さんが教えてくれたんだ。

葬式が終わって、あいつの親に呼ばれて家に行ったら、スケッチブックを渡されてさ。

開いてみたら、僕の似顔絵がいっぱい描いてあったんだ。

正面、横顔、寝顔、笑った顔、怒った顔、泣いた顔…。

あいつ、どんだけ僕を見てたのかなぁ…って思って涙が出た。

もっともっと話しをしたかった。もっともっと一緒にいたかった。

友だちっていう括り以上の気持ちを僕も感じていたんだと思うけど、その時の関係を壊したくて言えなかったんだって後から気付いたんだ。

馬鹿だよね…」



ダメだー。俺、涙が出そう…。「くっしゅん」違った、くしゃみが出た。

神原のちょっと悲しい話を聞いて、俺は猫なのに泣けて来た。「にゃわわーん」

神原は、俺をそっと抱っこして言った。


「パパにゃんは、優しいね。僕を慰めてくれるの?」


当たり前だろ!俺は神原の右手を盛大に舐めてやった。


「ねえ、どんな顔の人が好みなの?」その場の雰囲気を壊さないよう、だけど少し明るくなるように聖子さんは神原を窓際に誘った。


あ!俺も窓の外見たい!俺は神原の腕から降りて、猫カフェの窓の桟に登った。

あれ?見覚えがある車があるぞ?

それよりも…ん?誰か店に来るな…。

にやけた顔の…。市井が来た。


猫カフェのドアを開けて入ってきたのは、ちょっとはにかんだ笑顔の市井さんだった。ドアが開いた瞬間、驚いたのか聖子さんはバランスを崩し、たまたま横に居たまこくんはしっかりと肩を抱き寄せ、なんとか抱き留めることが出来たようだった。

キャットタワーの上から見ていた花ママは、呟いた。

「あら、なかなか男前なことやるじゃない!やっぱり素敵ね!」


◇◇◇



僕は岡島省吾。IT企業の社長で本来ならば、この時間は会社で仕事をしていなきゃいけないはずの人間だ。だけど、最近の聖子さんはあんこちゃんのためと言いながら、家を空けることが多く、あんこちゃんのお店に入り浸っているらしい。

この…らしいって点が怪しい。

本当のところ、浮気?なんて考える自分が嫌だけど、聖子さんはとっても魅力的だから気が気でない。

僕自身、あんこちゃんの件もあって自分の事を棚にあげて問い詰めてよいのか判断に困ってしまい、でも何かあったら大変だから…。

そう、ついにお店の前までやってきてしまった。

どうしよう、一人であんこちゃんのお店には入れないし…。


バックミラーに僕の車をじろじろ見ている高校生がいるのを発見して、ちょっと腹が立った。

全く何見てんだよ。路駐ですみませんね!ってよく見たら涼平じゃん。

ウィンドウを下げて、声を掛けた。


「涼平!何やってんの?」

「おやじこそ、何やってんだよ!ここ路駐だろ。ナンバーみたらおやじの車だし…。吃驚したよ!」

いいことを思いついた。一人でお店に入ったらダメなんだったら、涼平を連れて行こう!

「涼平、暇だろ?お茶しない?」

「何ナンパみたいなこと言ってんの?ま、喉乾いてるけど…」

「じゃぁさ、そこの猫カフェに入んない?」


自分で指を差して、上を見上げたら驚いた。聖子さんが男と窓際に立って外を見ている。

あ!男が聖子さんの肩を抱き寄せた…。


考える間もなく、僕は車から飛び降りて、涼平の腕を掴んで階段を登って猫カフェのドアを勢いよく開けた。

聖子さん!やっぱり不倫してたの?


◇◇◇


バランスを崩した聖子さんを何とか受け止めて、神原が何気なく外を見た。

「うわー。聖子さん、僕の好みのタイプがいた!見て見て!ほら!あの、車から降りてこっちに向かって来ている二人組!」

声が跳ねあがあっている。らしくないな…。


「え?え?え?どっち?どっちが好み?」

何だか二人が大慌てになっている…。なんだなんだ…。


にやけた市井があんこに向かって「いつものお願いします」なんてオーダーをし、あんこもニコニコにしながら「はーい」なんてやっているだけでも腹が立つのに、神原と聖子さんが慌てているのも気に喰わない…。


そして、ドアがバーン!と開いた。

俺たち猫は、大きな音が嫌いなんだ。

でもって、驚いた俺たちはその場から一斉に逃げ出した。隠れろー!


膝の上でゴロゴロしていた猫もキャットタワーにいた猫も、床で寝そべっていた猫も、兎にも角にも皆が一斉に猫カフェエリアから住居エリアに抜けることのできる猫ドアを使って逃げ出してしまった。

そりゃーもー、大変賑やかに逃げてしまったので、その後の静寂がものすごく気まずかったと思う。


猫を代表して謝ります。

猫カフェエリアを脱走して、ほんとごめん。

でも…だって…、びっくりしたんだもん。






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