第21話 恋バナ 聖子さん編

あんこちゃんが皆の飲み物を作るために席を立った。

人が動くと猫は目が覚めるものらしい。 

ちょび髭君は、猫じゃらしで遊んでくれない聖子さん達の注目を自分に向けたいのか、それとも単に楽しいのか、何度も十八番の自分のしっぽを捕まえるぞ芸を見せようと、バレリーナみたいに一生懸命クルクルと回っている。

眺めている分にはいいんだけど、本人は目が回らないのかな?


横目で眺めながら、私は自分の手の平を舐めた。猫の肉球は柔らかいのだけど、私はあんまり固い場所を走らないようにしているから、きっと誰よりも柔らかいと思う。


私は次女のだい。一番身体が小さくて、瞳が大きいと思う。手足は細くて長い。毛並みは三毛だけどベルベットのように柔らかく、右の腹部には花にみえる模様がある。

皆からハッピーパパと仲良しのように思われているけど、結構誰とだって仲良しだと思う。

ただ、人間はあまり好きじゃない。触られるのが苦手なんだ。小さい頃、急に抱っこされて猫のゲージに入れられそうになってから、とっても怖い。避妊手術のためにゲージに入る必要があったのだけど、あんこちゃんの手を爪でひっかいて血だらけにして逃げだしてしまった。それからは、あんこちゃんもちょっと怖い。

でも、男の人がそっと触る手は好きだ。ぐりぐり撫でられると逃げたくなるけど、ふんわり触られるのは気持ちがいい。

だから、省吾さんが触ってくれるのは好きだったんだ。


聖子さんは、省吾さんの奥さんで本当は不倫?みたいな感じだったあんこちゃんを好きではないのだろうって思っていた。

でも、二人の関係を見ていると同じ人を好きになった同志みたいな感じで、不思議なんだ。やきもちとかないのかなぁー。


◇◇◇


「私はね、若い頃とってもモテていたのよ。本当にね。」

あんこちゃんが飲み物を運んで、席に座るとおもむろに聖子さんが話始めた。


「私の家は、父が会社をやっていたおかげで裕福で、いつも誰かが遊びに来るような賑やかなお家だったのよ。

私は三人姉妹の長女でね。いつも誰かにちやほやされていたわ。

幼稚園から大学までのエスカレーター式の学校に通って、勉強もあんまり苦労しないで…。

誰もが私に注目してるって感じがあったわ。

でもね、私は気づいたの。私がモテているのは父が会社をやっているから、お金持ちだからだって…。

私自身を見てくれる人は、少なかったって思うわ。だって私は美人でもなければ魅力的でもなかったんですもの。」

あんこちゃんが用意した豆乳ラテを飲みながら、溜息をついた。

「でね、私は自分が自分でいられる人を探すことにしたのよ。そう、考えたのは大学に入ってからなんだけどね。

イベントサークルに入ったり、テニスのクラブに入ったり…。学外の集まりに行ってみたり…。なかなか巡り合えなくて、イライラしたわ。

エスカレーター式の学校だから、結局周囲の人は私の家のことは知っていて、父との繋がりとかお金とか求めて私を特別扱いしようとするの。うんざりだったわ…。

そんな時よ。省吾さんに出会ったの。囲碁サークルだったわ。

彼は寡黙でね。教授と二人でパチンパチンと囲碁ばっかり部屋の隅っこて打っているの。長い指で黒の石をつまんで、もう片方の手は顎を支えながら、一生懸命考えて一手を置くの。

私が何度遊びに行っても知らん顔…。

誰だろうって思って周囲の人に聞いたら、外部から受験した学生で、経済を学んでいるって言ってわ。

きっと私の父の事を知ったら、態度が変わるんだろうって思っていたけど、彼は私に話しかけることなんか無くて…。全く私は眼中になかったみたい。

学生の時から起業を考えて、人脈を作り、経済を勉強して、時間の合間を縫って好きな囲碁をしていたらしいのだけど、女性には見向きもしてなかったみたい。

ま、ぼさぼさの頭と度の強い黒ぶち眼鏡、擦り切れたジーンズと伸びたシャツで、モテる要素も何もなかったんだけどね。

ノートを借りたり、サークルの人との食事で一緒になったりするうちに、彼の将来の夢を聞きながら、力になりたい、一緒に過ごしていきたいって思う様になったわ…。

私の方がメロメロになっちゃってたのよ、きっと…。

どうしても誰にも捕られたくなかった。私だけを見てほしかった。

だからね、出来るだけ彼の視界に入るように、偶然を装って大学中をウロウロしたわ。

風邪を引いたって聞いたら、お粥を作りに行ったり…。全くお料理が出来なくて焦がしてしまったけどね。

そのお陰で、付き合うようになったんだけど、彼の夢のためにって父を紹介したら、怒られちゃって…。

「『お金とかバックボーンが欲しくて君と付き合ったわけじゃない。君自身が本当に好きなんだ。』って言ってくれて…。私は自分の家の事を目的とした人たちを嫌っていたのに、自分が一番囚われていたんだってことに気づいて、恥ずかしくなったわ。自分だけを見て欲しいのに、自分の家の力に頼ってる私がいたの。

彼は父の経営能力に関しての知識は必要としていたけど、資金とかは自分で用意してやりたかったみたい。私の知らないうちに起業していて、軌道に乗ってから私を迎えに来てくれたのよ。

『これで堂々と君を下さいってお父様に言えるね』って笑ってプロポーズしてくれたわ。」


「情熱的だね。ぼさぼさの愛しの君はどうやって変身したの?」

混ぜっ返すように神原さんが突っ込みを入れた。


神原さんは、私がしっぽを立ててすり寄ると、優しく頭を撫でてくれた。無理に抱っこしようとしない。「ミャ―」と小さく鳴くと、喉をさすってくれた。甘い香水の香りがする。


「それはね…。風邪で長く寝込んだ後に、あんまり髪が長くなっていて目に入りそうだったから、嫌がる彼を私の行きつけの美容院に連れて行ったのよ。

流行りの髪型にバッサリと切ってもらって、ついでにコンタクトに変えたら…。

まぁ、本当に格好いい姿に大変身でね。

それからは、モテモテよー。彼は私以外の女性に全く興味が無かったからいいようなものの…。遅咲きの大学デビューだったわ。

今でも思うのよ。あの時、私が自分で行動していなかったら、彼には出会わなかっただろうし、きっと父の薦める男性とお見合いとかして結婚していたんじゃないかって。

私は、自分でも運命論者だと思うのだけど、全ての出会いは必然であり、自分の

直観を信じる行動が自分の道を切り開いていくんだって信じているの。

だから、こうしてこんな風に皆と出会えて、話しが出来るってこともきっといい意味での運命だと思うのよ。

素敵な出会いに乾杯って感じだわ。」


◇◇◇


キャットタワーの上で寝そべっていた花ママが、自分のしっぽを舐め始めた。これをやるときは、考え事を始めた合図だ。何を考えているのだろう。近くに行っても怒らないかな?ちょっと不安もあるけど、行ってみよう。私は勇気を出して花ママの横に並んだ。一生懸命に毛繕いをしながら考える…。皆の話を聞いてどう思ったのかな…。



「あら、可愛いー。だいちゃんって本当に小さい猫ちゃんなのね。花ちゃんもお母さんの割に小さい身体だけど、それよりも一回り小さいね。ふふふ。

だいちゃんって他の猫ちゃん達の毛繕いが好きなのね…。」


聖子さんは私達見ながら屈託なく笑っている。その横には、省吾さんと秘密な関係にあったあんこさんやあんこさんと恐らく似たような境遇の美優さんも居る。

そして、女性のような男性のような神原さん…。

上から見ているとシュールな光景ではあるのだけど、ほんわかした和やかな雰囲気で、これでよかったんだろうって感じるわ。

聖子さんのような、他人に一生懸命な人が隣にいたからこそ、省吾さんのようなお人よしが作られたのでしょうし、そんな省吾さんだからあんこさんは守られたのでしょう。

聖子さんが話した『全ての事象は必然』という考え方、素敵だわ。

心の中で花ママが呟いた…。



花ママは、ちょっと考え事をしていた様子だったけど、小さく欠伸をして丸くなって眠る体勢になった。私はその横で一緒に丸くなって眠った。やっぱり花ママの横で眠るのが温かくて安心するなぁ…。次女のだいは呟いた。







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