第18話 邂逅

「う〜ん。さすがに天才の私もこれは参ったね……」


 回復薬も底をつき、魔力も空になった二人にできることといえば、モンスターに発見されないように息を潜めて移動する他なかった。

 厄介なことに今現在私達が到着した階層フロアは、身を隠す障害物がほとんど見られない碁盤の目状に広がる作りであった。元の階層に戻れば一時的な休養は可能かもしれないが、徒党を組んだモンスターが鼻を利かせて彷徨っているので戻った直後に見つかってしまうかもしれない。

 

 唯一救いだったのは、出現するモンスターが強力である反面、動きが緩慢だったこと。挟撃されてしまえばそこでゲームオーバーだが、五感を研ぎ澄ませれば事前に回避することが可能だった。

 休息は取れないが、前に進むことはできる。


「ブラン。助かる手段。地下にしかない」

「姉ちゃんに言われなくても『安全地帯セーフティポイント』のことくらいわかってるって。だけど、ここから先待ち構えてるモンスターはこれ迄の比じゃないよ?」

「仕方ない。後戻りするよりマシ」

「まあ〜お荷物の姉ちゃん抱えて後戻りするのは特攻に近いもんね」


 今が何階あたりにいるのか分からないが、授業の一コマでこんな話を聞いたことがある――。


 ダンジョンは地下深くに潜れば潜るほど周囲の環境が大きく様変わりし、次第に身を隠す場所は減少する。敵も自分の姿も互いに発見しやすくなり、モンスターの凶暴さも段違いに跳ね上がる。

 下層に進んでいくと傷付いた冒険者を癒やす水が湧き出ている安全地帯セーフティポイントが存在するのだが、教師から聞いた話を思い出した私は上層部を目指すより、より近い下層の安全地帯を目指すことにした。


「これだけ待っても救出が来ないってことは、今頃つまらない大人達がつまらないプライドに振り回されて、ギルドに届け出てないのかもね。それとも、助けるに値しないって見捨てられたりして」


 こんな時でも飄々と語る妹に苛立ちを覚えるが、悔しいけど言っていることはあながち間違いではない。

 アステル魔法学園の上層部とギルドが対立関係にあることは周知の事実だったし、いざというときに連携が取れないとかねてから批判もされていた。ただ、いざ自分が大人達の力関係パワーバランスに巻き込まれて迎えにも来てもらえない被害者だと考えると、妙にムシャクシャして先を歩く妹にこれまで溜まっていた苛立ちをぶつけた。


「ブラン。私を苦しめるはなぜ。そんなに見下して楽しいのか」

「ちょっと、静かにしてよ。モンスターに見つかったらどうするの」

「ブラン、いつもそう。私の居場所奪う。私の自信奪う。今回も、マチダを奪おうとした」


 振り返ることもなく私の訴えをあしらう妹に、携帯用の魔法杖を威嚇のつもりで向けて再度尋る。すると、同じように傷だらけの体とは思えない速度で振り向いた妹は即座に魔法を詠唱し私に向かって放った――だけど、痛くも痒くもなく、背後で何かが倒れる音がして恐る恐る振り返ると、そこには音もなく襲いかかってきたモンスターが絶命し倒れていた。その額には妹が放った魔法が穿った風穴が開いていた。


「つまらないお説教は勘弁して、今はそれどころじゃ――」

「ブラン。どうした」

「嘘よ……こんな層に、なんでいるの?」


 これまで表情を崩す場面を見せたことがない妹に訪れた異変――。顔は強張り、歯を鳴らして怯えを見せる変貌っぷりにただならぬ警戒心が作動して慌てて振り返ると、考えるより先に妹に逃げるよう叫んでいた。


「ブラン!! 早く下の層に逃げてっ」

「グルゥアアアアアアアアッ!!」


 魂を凍てつかせる咆哮がダンジョン内に反響し、近くにいたモンスター達は我先にと逃げる気配を感じ取った。

 妹は生まれて初めて見せる半ベソをかいて腰を抜かしていた。

 現れたのは冒険者であれば誰しも恐れるダンジョンの主――恐怖と死を具現化した存在であるドラゴンが、牙を剝いて私達の前に立っていた。


        ✽✽✽


 シーナに穴に飛び込むと言われたときは流石に正気を疑ったが、バカ正直に順路を辿るよりよっぽど時間を短縮できると言われて断るわけにはいかなかった。敏捷性を向上させる魔法をかけてもらい、岩などの突起物を足場に慎重に底へと到着すると少しの時間も無駄にしないようにダンジョンを駆けた。


 見たことのない異形のモンスターにも怯まずに大立ち回りをし、各個撃破しながら休憩を挟まずに奥へ奥へ奥へと進んでゆくと、流石に集中力もかげりを見せ始め、疲労も目立つようになってきた。


「急ぎたいのはわかるが、少し休んでいこう」

「気遣いは大丈夫よ。それより今は先を急ぎましょう」

「駄目だ。調子がいいときこそ休息を怠ると、足元をすくわれるんだぞ」

「む……心配しなくとも大丈夫ですわ」


 鼻息荒く進もうとするシーナを説き伏せて一旦休憩を挟むと、その間に俺は俺にできることをしようとシーナの肩に手を置いた。


「ちょっと、いくら二人きりだからとはいえ、淑女に手を出そうとするなんて野蛮ですわ!」

「ああ、うん。勝手に触って悪かったから、いちいち俺を貶めないでくれないか。だいぶ上半身が緊張して強張ってるようだから軽く施術させてほしいだけだ」

「そ、そういうことでしたら……構いませんわよ」


 着ていた服をはだけさせる、死と隣り合わせだからだろうか、浮き出る健康的な肩甲骨にさえ妖艶さを感じてしまう。淡雪のように真っ白な肌は紅葉色に染まり、触れると敏感に反応を示す。

 こっちまで妙に気恥ずかしくなり、頭を掻いて施術に集中した。


「ありがとう。ダンジョンに入る前より元気になりました。それに、なんだか魔力も回復したような気が……」

「それなら重畳。さあ、気を引き締め直して奥に行こうか」


 その時だった。ダンジョンの奥から身も心も竦む咆哮が轟いたのは――。

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