第10話 訴え

「ありがとうございました〜」


 本日最後の客をお見送りした俺は、看板をクローズに裏返して店内の清掃に取りかかった。先日はハイラット家の身勝手な理由で一日を振り回され踏んだり蹴ったりな一日だったが、今日はほぐし庵をここアストラで開店して以来、過去最高の客数を計上したこともあり鼻歌交じりで気分良く床をほうきで掃いていると、閉店したにも関わらず来客を告げる玄関のベルが鳴り響いた。


「すみません。本日はもう営業時間が終了してるんですが……って、シーナじゃないか」

「ごめんなさい。閉店なのは承知しているんですけど、是非診てもらいたい人がいますの」

「診てもらいたい人?」


 いつかノワールに連れてこられたシーナのように、今度はシーナに手を引かれ渋々店内に足を踏み入れたのは、先日の会食で俺を追い出したハイラット家当主――ハイラット・ギルベルトその人だった。額に脂汗が浮かべ、ふらつく足取りでシーナに伴われていたので取り敢えずベッドの上に座らせて事情を尋ねた。


「シーナ、一体どうしたんだ」

「それが……マチダにお願いしたいことがありますの」


 ギルベルトはシーナの言葉が聞こえないとでも言うように店内を一瞥すると、「我が家のトイレより狭いな」と聞き捨てならない台詞を言い放つ。


「こんな店で本当に娘の体調不良が回復したとは到底思えんな」

「閉店後にやってきて、なんで俺の店が不当に罵られなくてはならないんだ」

「本当にごめんなさい。ここに来るまでもなかなか言うことを聞いてくれなくて……」

「人を聞き分けのない子供のように言わないでくれ。マチダといったな、お前に話がある」


 顔を手で抑え、指の隙間から血走った目を向けてくるギルベルトは触れれば爆発する爆弾のような、近寄りがたい雰囲気を放っていた。


「はあ、話とはなんでしょうか」

「どうやら私は原因不明の病にかかっているらしい。高名な医師に診てもらっても原因がわからぬまま、今日まで苦しんでいるんだ」

「原因不明とは穏やかな話ではないですね。そういえば、先日の会食で顔面に痛みが走っていたようですが、もしかして関連してるのでは?」

「マチダったら、もしかしてあの時既に気づいていたの?」


 実は会食の帰り道で、ギルベルトの不可解な痛がり方に一つの疾患名を思い浮かべていた。医師免許を持っているわけではないので、あくまで様々な疾患や体調不良を抱えた客を施術してきた長年の経験と、それに少々の勘が導き出した答えに過ぎないが。


 ただ、相手は人間を嫌っている森妖精の――しかも四大貴族と呼ばれるプライドの高い当主だ。果たして俺がとある病気の可能性を伝えたところで、聞く耳を持つのだろうかと疑問視していた矢先の訪問に驚かないはずもない。彼からすると藁にもすがるほど追い込まれている状態とも言えるだろう。


「よろしければ私に施術をさせては頂けないでしょうか。完治とは言わずとも症状の緩和に役立つかもしれません」

「……本当にこの痛みが良くなるというのか」

「ギルベルトさんと似たような症状の患者さんを何人も診てきました。断定は出来ませんが、努力はいたします」


しばらく目を閉じて考えこむと、シーナの後押しもあり首を縦に振った。



「それでは作務衣にお着替えください」


 シーナも着用した作務衣を手渡すと、目を見開いて驚かれた。


「なに? 私にこのような粗末な布に袖を通せと」

「お父様っ、いい加減にしてください」

「ここでは地位も名誉も関係ありません。患者さんを区別するようなことは致しませんので」


 カーテンを閉めると躊躇う気配を感じ、しばらく待っているとようやく着替え終えて準備を整えたギルベルトに仰向けに横になってもらうと、顔面を走る眼神経、上顎神経、下顎神経に関係する経穴と経絡を流れる気の流れがせき止められていた。

 健康的な患者と比べると明らかに弱々しく発光し、抱いていた疑念はさらに深まっていく。 


 食事や洗顔、歯磨きなどを行う際に痛みが誘発されることが多くはないか問診すると、黙ったまま首肯して答えた。その痛みはごく短時間ではない尋ねるとやはり「そうだ」と頷いて答えた。


「わかりました。それでは施術を始めます」


 

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