第24話 バターチキンカレー③


 以前宅配に行った魔法学校の寮があるのは、ヴィノグラードの北西エリア。

 今日はそこより少しだけ東寄りの北エリアだ。

 北区と呼ばれているその近辺は、カルディナが言うにはお金持ちの人たちが集まっている区域らしい。


(富裕層の人が集まっているってことだよな)


 カルディナの店より南は貧民街なので、この街では北と南で貧富の差が分かれているということだ。

 そんなことを考えているうちに、既に正義の運転するバイクは北区の中に入っていた。

 非常に大きな家がズラッと並んでいる。

 一目見てお金持ちの人が住んでいるのがわかる地域だった。


(ここが指定された場所か)


 バイクを停めて周囲を見回す。

 通りには魔法を動力とした街灯が点在しているが、その光が届かない薄暗く細い道。

 道の向こうに視線を送ってみるが、見えないものまで見えてしまいそうで正義は軽く身震いをした。


(本当にここで合ってるのか?)


 不安が胸に広がってきた、その時。


「あなたが『羊の弁当屋』の人?」


 暗闇の向こうから聞こえてきたのは、声を潜めた少女の声。


「そうですけど。ケニーさんですか?」

「う、うん。本当に持ってきてくれたのね。良かった」


 そして現れたのは、黒いフードを被った少女だった。

 周囲が暗いこともあり顔がハッキリと見えない。

 ただ身長と声から推測するに、10歳前後の女の子なのでは――と正義は予想する。


 とりあえず幽霊のたぐいではなかったのでそこは安堵する正義。

 ただ、怪しいことには変わりはないのだが。


 ひとまず考えるのはやめて、保温バッグから注文の弁当を取り出した。


「こちらがご注文のバターチキンカレーです」


 ケニーは周囲をしきりに気にしつつカレーを受け取る。

 と同時に小さく息を呑む音が聞こえた。


「本当に温かい……」

「火傷しないように気をつけてくださいね」

「わ、私そんなにドジじゃないわ」


 ケニーはややムッとした様子で正義に言い返すと、サッとお金を渡してきた。


「ところであなた名前は?」

「えっ? 大鳳おおほう正義です。皆からはマサヨシと呼ばれてますが……」

「ふーん……」


 ケニーは薄い反応をしたかと思うとそれ以降特に正義について言及することなく、「それじゃ」と足早に去って行ってしまった。


「な、何だったんだろ……」


 薄暗い路地に一人取り残された形になった正義は、ケニーの反応に首を捻るばかりだった。





 次の日もケニーからバターチキンカレーの注文が入る。

 昨晩と同じ時間、同じ場所。

 そしてまたしても頭をすっぽりとフードで覆った格好で彼女は受け渡し場所にやってきた。


「思ってたよりは美味しかったわよ。だからまた注文したわ」

「ど、どうも……」


「ねえ。店がある場所ってここから遠いの?」

「近くはないですね。歩きだと結構な時間がかかってしまうと思います」

「へー……」


 ケニーは小さく呟くと、「これお金」と正義の手にお金をねじ込み、足早に去ってしまった。

 暗い路地裏に一人残された正義は、またしてもケニーの背中をぽかんと見送ることしかできないのであった。






 その後数日間、フードを被った少女ケニーからの注文は続いた。

 メニューは毎回バターチキンカレー。

 どうやらよっぽど気に入ってくれたらしい。

 そして毎回受け渡しは人目に付かない路地裏で、去り際に小さな質問をして去っていく。


 今までに聞かれたのは年齢、住んでいるところ、家族はいるのか? という正義のプライベートに関する質問が多かった。

 たまに「好きな動物は?」という可愛らしいものもあったけれど。


 しかしどの質問に答えても「へー」「ふーん」と彼女の反応は薄い。

 ケニーの真意がわからないモヤモヤを抱えたまま、正義は宅配の度に質問に答え続けるのだった。






 そしてある日の夜、またしてもケニーから宅配の注文が入った。


「はい、わかりました。バターチキンカレー、お持ちしますね」


 注文を受けたカルディナが正義に「またきたよ」という趣旨の視線を送ってくる。


「ケニーさんからの注文ですか?」

「うん。別にこっちに害はないしお客さんのプライベートをわざわざ聞くつもりもないんだけどさ。いつも受け渡し場所が夜の人目に付かない場所ってのがどうしても気になるんだよね……」


「俺が見た限り悪い子ではなさそうですが……」

「ふむぅ。ま、こっちは注文してくれる限りはお客さんだし、マサヨシに危険が及ばないのなら別にいいんだけど」


「…………」

「マサヨシ?」

「あ、すみません。あの子毎回お金を自分で払ってるけど、大丈夫なのかなってふと思ってしまって」

「あの辺りはかなりのお金持ちがゴロゴロいるから、お小遣いも多いんじゃない?」

「なるほど……」


 最近はほぼ毎日会っているが、それでもあの少女の事情が何も見えてこない。

 色々な疑問を頭に浮かべながら、正義は宅配の準備をするのだった。



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