第8話 チャーハン①

 カルディナやララーが大通りの道行く人に、そして正義が店から少し離れた地区にチラシを配ってから半日。

 チラシを見た人たちが、ぽつぽつと店に注文をしてきていた。

 カルディナは早速はりきってハンバーグ弁当を作り、正義が迅速に届ける。


 物珍しさからか、届けた先の反応はとても好評だった。

 そして皆一様に口にして驚いたのが、温かい料理をそのまま届けることに対してだった。


「本当に料理をそのまま運んできた!」

「自分で店まで行かなくていいなんて便利だね」

「この蓋付きのお皿すごいね。え、もらっていいの!? いらないなら次回の注文時に返却可能? なるほどねえ」


 反応も好意的なものばかりだった。


(この反応なら問題なくいけそうだ)


 まずは第一歩、幸先の良いスタートを切れたと言って良いだろう。

 口コミで広げてくれる可能性を期待して、正義は弁当を届ける際にもチラシを持参して渡していた。

 その正義の期待通り、少しずつだが注文は増えていって――。





「新しい弁当のメニューを考えたいな」


 カルディナがそう口にしたのは、宅配を始めて3日目の朝のことだった。

 寝起きで頭がボーッとしていた正義は、その言葉で瞬時に目が覚める。


「新しいメニュー、ですか」

「うん。店を安定して続けるには、他にも色々とメニューがあった方が良いと思うんだ。物珍しさから注文してくれても、次に繋げないと意味がないし」


「確かにそうですね……。俺がいた場所でも、弁当の種類はかなり豊富でした」

「あ、やっぱりそうなんだね」


 ハンバーグ弁当専門店、という道でやっていくのも正義としては問題ないと思うのだが、今まで色々なメニューを作ってきたカルディナからすれば、やはり作る料理の種類を増やしたいと考えるのは当然のことだろう。

 飲食店が存続できるかどうかは、リピーターの多さにかかっている。


 とはいえカルディナ一人で調理することを考えると、あまりメニューを増やしすぎるのも大変だろう。


(できれば作るのにそれほど労力がかからない料理が望ましいけど……)


「うーん。でも何を弁当にしようかなぁ?」

「カルディナさんが俺に初めて作ってくれた料理、とか……」

「あっ、確かにチャーハンなら良いかも!」


(あれ、チャーハンだったんだ……)


 この世界に中華料理という言葉はないはずなので、おそらく『言葉の女神』が良い具合に翻訳してくれているのだろう。

 ともあれ、概念がすぐ通じるのなら話が早い。


「早速作ってみるね」


 言うや否や、大きなフライパンを取り出すカルディナ。

 そして手際良く食材を切っていく。


 この数日一緒に過ごして正義が思ったのは、彼女はかなり力持ちらしい、ということだ。


 初日でベッドを一人で運んだことに始まり――買い物に行って帰ってきた時のカルディナは『荷物の山に埋もれている』という表現が大げさではないほど大量の袋を抱えていた。

 それも1回だけではなく毎回。

 でも彼女はまったく重そうな素振りなど見せず、軽々と運んでいるのだ。


 カルディナは巨大な中華鍋に似たフライパンの中に食材を入れ、軽々と片手で振り始めた。

 まるで重さなどないかのように振るっている。

 言葉は通じるが、やはり人間の女性とはちょっとだけ違うのだなと改めて実感した。


(まぁ、角も生えてるしな……)


 正義がそんなことを考えている間も、カルディナは鍋を振り続け――。


「よし! 完成!」


 カルディナは朗らかな声を上げると、宅配容器にチャーハンを詰めた。

 ほのかに香る良い匂いが店に充満したところで。


「お。今日もやってるね」


 店のドアからひょっこり顔を出したのはララーだ。


「ララーさん! おはようございます」

「おはようマサヨシ」


 既に宅配に必要な道具一式は揃っているのだが、やはり彼女としても新しい形態で店を始めた幼馴染みのことが気になるらしい。

 弁当容器の補充と宅配バイクを確認するという名目で、初日以来カルディナの様子を見に毎日やって来ている。

 もっとも、ララーの一番の目当てはカルディナの作る料理と店のお酒だろうと正義は思っているのだが。


「ちょうど良いところに来たねララー。今新しい弁当用のメニューを作ったところなんだ」

「それは本当に良いところに来たわ。それで?」

「うん。そして完成したのがこちらでございます」


 カルディナは少しおどけながらララーにチャーハンを渡す。


「確かにこれなら持ち運んでも問題なさそうね」

「私も作り慣れてるしね~。ってわけではい、どうぞ。どうせ朝ご飯まだなんでしょ?」

「まぁね。あとついでにお酒もちょうだい」

「はいはい」


 朝からお酒を飲むララーに正義も最初は驚いていたのだが、この光景も既に3回目なので慣れてしまった。

『泥酔しなければ自分の魔法でアルコール飛ばせるし』

 とはララー談。

 魔法って本当に凄いなと正義が感心したところで、

『でもララーって結構な頻度で泥酔して私が起こしてるよね?』

 とカルディナにオチを付けられていたけれど。


「ついでにもう少し新しいメニューを増やしましょうか。その方がチラシの宣伝効果も出ると思います」


 正義の提案に、カルディナも首を縦に振る。


「そうだね。よぉし。はりきって作るぞー!」

「じゃあ私は食べる係ね」

「そんなこと言ってたら太るよララー。さすがにお腹の脂肪までは魔法で消せないでしょ」


「うっ……。魔法力の消費が激しい魔法を使えば、エネルギーとして消費されるもの……」

「街中でそこまで大きな魔法使うことある?」

「…………ない」

「ほらぁ。ほどほどにしときなよ?」


 しゅんと項垂れるララー。

 二人のやり取りに、正義は思わず笑みをこぼしてしまうのだった。

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