第3話

同級生たちの遠くからの視線が痛い。

友人だと思っていた人間が、一人、また一人と少女を異分子を見る目で見るようになっていく。


居場所はない。

どこにもない。


少女にとって、この1ヶ月はそういう日々だった。


集団には必ずヒエラルキーが存在する。

トップに君臨する者、その取り巻きたち、無害な者、そしてそれらのすべてから標的とされる者。


本当の意味で少女を見ている者はいなかった。

皆が少女へと向ける視線は、異分子へのまなざし。すなわち、標的としての扱いだ。

ほんの些細なことで、少女たちは立場を失う。

男からの視線について、つい口にしてしまったばっかりに、転がり堕ちてしまった少女。


誰か私を見てほしい。

本当の私を見てほしい。


少女は渇望した。

そして、気がついたときには、少女を見てくれるのはあの男だけになってしまったのだ。


少女はいつもの道を歩く。

そして、いつもの場所。男が少女を見つめる場所で、いつものように少女は振り向いた。


「…えっ?」

頼りない声が少女の口から零れる。


男がいない。


それは本来喜ばしいことであったはずだ。煩わされていた視線から解放される。これで少女は自由だ。


しかし。


「…やだ。…やだ、なんでいないの?」

見てほしかった。最下層の人間としてではなく、ただの少女として。

それを叶えてくれるのは、あの男しかもういないのに。


少女は耐えきれず走り出した。

もう振り返らない。男のいない場所に、自分を見てくれない場所に用はない。


学校の門をくぐる。

教室にも入らず、ただ駆け抜ける。

ひたすら階段を上り、重い鉄の扉を開けると、コンクリートの屋上が広がっていた。


「もう、もうイヤだ!」

こんなところに、一時たりともいられない。

誰からも、自分がそのままの存在として認識されないならば、もう。


華奢な手足で錆びたフェンスをよじ登る。


少しでも、一刻も早く。


そして少女は、そのフェンスからそっと手を離した。





強い風が吹き抜けていく。

舞う枯れ葉が、音もなく地に墜ちていく。

まるで、一人の少女の命のように。


脆いものだな。

男はそんなことを思う。

これくらいの年頃の少女をこちらへ呼び込むことの、なんと容易いことか。


人一倍プライドが高くて他人に頼れない。

それでいて、孤独に耐えられるほどの強さもない。

周りの人間との距離感に揺れ動く、気高く儚い少女は、男にとってうってつけの存在だった。

ほんの少しの揺らぎに微々たる量の異分子を投入するだけで、その全てが崩れ落ちてしまうのだから。


なんと美しいんだろう、と男はうっとりと少女を見つめる。

恐怖、孤独、絶望。それらが複雑に入り交じったような表情も、投げ出された手足も、流れ続ける赤い血も。

その全てを、男はたった今手にいれたのだ。


少女の異変に気づいたのか、校舎のざわめきは強さを増す。

「そろそろだな」

近づく足音から逃げるよう、男は動き出す。


手を伸ばす。冷えた体はガラス細工のように精密で、神々しさすら感じる。

その感触にふっ、と笑うと男は、壊れ物のようにそっと少女を抱えて歩きだした。

もう大丈夫。怖いことも何もないし、もう一人にさせない。



さあ、寂しくて孤独な子どもたち。

いい子だからみんな、こちらへおいで。

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