嵐の前 Ⅰ

は眩しかったか?」

「ええ。お様で」

「まったく、相変わらずだな。ま、元気そうで何よりだよ──今だから言うが、お前に寄越してた猫は全部期限切れの捨て猫だ。あのまま毒吸って死ぬか、お前に痛めつけられて死ぬかの違いしかなかったか弱い生命……なんて言ったら怒られそうだけどな。少なくとも、俺はそういう認識だったよ。だから、まあ、なんだ。あんま気に病むなよ。病んでないだろうけど」

「ザックは……」セヴォンは続けた。「ザックも仕入れてきた猫なんですか?」

「へえ、お前にはアイツが猫に見えるのか」

「そうじゃなくて」

「分かってるよ。何処から拾ってきた?ちゃんと向き合ってるのか?ザックを猫みたいに扱ってるんじゃないのか?って意味だろ。ちゃんと正しく接して、その結果がアレなんだって話したら──お前は信じてくれるのかよ?セヴォン・ベッツェ」


 このサミュエル・カーターという男についてだが、彼にはという短所があった。もし彼と同空間で過ごす事があったとして、すれ違いざまに「ちょっといいか」だなんて言われた時には全力で走り去る必要がある。


「まあ、信じないだろうな。だって、お前はザックのとりこになってる。僕が助けてあげなきゃ、僕が僕が僕が……って必死になってるんだよ。でなきゃ、そんな事気にしない。それとも、何だ?たった一晩ワンナイトで情でも湧いたのかよ──おいおい、ただのジョークだろ!そう怒るなって」


 なぜこんな男と同業なのだろう──セヴォンはサミュエルに会うと決まった日には必ず思う事を思い返し、更に気分を害した。サミュエル・カーター。ワンダーシティ病院及び『雲隠』の管轄者。世界各国を飛び回るセヴォン達がだとすると、サミュエルはその情報を基に作戦を練るの人間だった。


「ほらよ」サミュエルはセヴォンの手荷物を取り出して言った。「このトランクは確かにお前のだけど、中身は俺達全員の共有財産でもあるよな。に中を見られたらどうするつもりだったんだ?言ってみろ」

「殺します」セヴォンは迷わず答えた。「殺して、土に埋めます。そうする他ないでしょう」

「その誰かが大切な人だったとしても?」


 言われて、セヴォンは文字通り固まってしまった。


「なあ、セヴォン。。アイツだったらお前にソーレさんを殺させてるよ。だが幸いな事に、俺はまだ人道的な方だからな。懇切丁寧にお話して、自分で忘れてもらったよ」サミュエルは続けた。「あの人は自己暗示が得意だな。正直、ちょっと洒落にならないくらい上手かった。あと、舌が肥えてる。ザクロが食べたいって言うからわざわざ取り寄せたのに、違う甘すぎるコレじゃないって……これ、余ってるからやるよ。超高級品だぜ」

「ありがとうございます……」


 セヴォンは返事も早々に本来の目的──サミュエルからトランクを取り戻して、開いた。受信機の電源を入れ、すぐさま起動する。受信機には一件の新規通知が光っていた。──『女神に体躯を捨てさせた我らの仇敵・聖コールリッジに瓜二つの青年が目撃された。現場の構成員は青年を早急に保護し、サミュエルまで引き渡すこと』。


「へえ~、何もかも初耳だ。その件は俺の担当なのか?願い下げだね。抗議してやろっと」


 サミュエルはパソコンと呼ばれる機械を立ち上げると、宣言した通りの文章を制作しはじめた。時を同じくして、セヴォンは焦燥の表情を浮かべていた。受信機をいくら更新してみても探し求めている文面──自身に下されるべき新たな指示が見付からなかったからだ。いくらサミュエルと言え、仲間の受信機を壊す筈がない。セヴォンはこればかりはと腹を括ると、サミュエルに自身が犯した致命的なミス──を報告した。報告を受けたサミュエルは「自分で言うのもなんだが、よく、俺なんかを相手に自分の失敗を明かせたな」とセヴォンを褒め、校長に宛てる文を書き直しはじめた。


「アイツには俺が上手い事言っとくから、俺が次にこの部屋から出てくるまで此処を離れるなよ」


 セヴォンはサミュエルの指示に従うほかなかった。


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