草むしり Ⅱ

「皆さん一生懸命にお水をかけてらっしゃるので、てっきり日を当てれば蘇るとばかり……ほら、お供え物だって御本人が好きな物を置くんでしょう?どんなに墓石を磨いても中身が蘇らないなら、折角のごちそうが鳥か虫の餌に……」


 ──ねえ。君の担当の石、まだフンが落ちてないけど?


「……?」


 ソーレが声のした方を向くと、かつてのセヴォンと同じプログラムを適用されているらしい患者が𠮟責を受けているところだった。


 ──んなもん落としたってまた付くだろ!一々拭いてると布の無駄だって分かりますか?分かんねえな?ボクなあ!その歳じゃなあ!

 ──だったら指で拭けばいいだろ!こうやって指の腹を押し付けて、丁寧に!気持ちを込めて!正々堂々!!

 ──ガキお前馬鹿離せおい聞いてんのか馬鹿お前折れんだろ指がよ!!いでででで!!


「──毛布を持ってきてください」セヴォンは歩き出そうとしたソーレの腕を掴むと、前言を撤回しつつ使いを頼んだ。「あと、少しのキャンドルと派手な花……マリーゴールドなんかもあると猫も喜びます」


  ◆


 日が落ちて、辺りはすっかり夜になった。月も星も見えない。晩酌と呼ぶには寂しい状況下で、二人は盃を交わした。


「猫はチョコを食べると死ぬので、これで妥協しましょう」

「ミルクを飲むと、仔猫が蘇るんですか?」

「蘇りません。ただの自己満足です。でも、これで良いんですよ」セヴォンは続けた。「どんなに悲しんで、悔やんで、泣いてみても、亡くなった人は二度と口を開かない。この先どんなに自分が生き続けようと、二度と出会えない。その人が自分に対して何を考えていたか、とか、自分はもっと何かしてあげられたんじゃないか、なんて考えだしたらキリがないんです。……「そういうの」に区切りつける為に、必要な事なんです」


 キャンドルの火は揺れず、マリーゴールドも輝かない。即席で組んだオフレンダには落ちていた枝で作った印、雑草で作った花冠、猫じゃらし、塩のような粉、水、キッズスペースから拝借した折り紙と、模型からひったくってきた頭蓋骨が置かれていた。全くもって祭壇に見えない訳ではないが、この出来栄えでは帰ってきた猫達も困惑しているところだろう。


「……貴方の国では樹木葬が普通でしたね」

「ええ。よくご存じで」

「僕の故郷では、粉にした骨をダイヤにするんですけど……誰がどの木になった、みたいなことってどこまで把握するものなんですか?」


 まずい事を聞かれたぞ、という顔をしてソーレは答えた。


「可能な限り覚えようとしたんですが、如何せん数が多くて……ずーっと続いているんですよ。と言うんでしたっけ……だったかな。とにかく沢山あるんです。、ではなくて、ええっと……」

「──ですか?」

「ああ、サミュエル先生!それです、それ!森林!」

「へえ。あの地方は森を拓いて街を建てたとばかり思ってたが、全て逆だったと。此処とは真逆ですね。面白いなあ」

「……何しに来たんですか。式の最中なんですけど」

「そっちこそ、な~に主役抜きで一杯やってんだよ。弔うなら呼べっての」


 ──遂に現れた!

 セヴォンは今まで何処に篭っていたのか、とか、その意味の分からないことをサラッと言って混乱させる趣味を早くやめろ、とかと言いたくて堪らなかったが、辺りの雰囲気を汲んで踏みとどまってやった。サミュエルは堂々と酒缶を開けると一気に仰ぎ、祭壇に乗っけてケラケラと笑った。殺されたいのだろうか。


「そうだ。先生はこの石が何か知ってますか?実はこの石は墓石と言って、下には猫が……」

「猫ぉ?」サミュエルは心底意外そうにセヴォンの方を見ると、呆れたように続けた。「お前、まさかジョークを真に受けるほどピュアだったのか?中庭に墓建てる病院なんてあるわけないだろ」

「アンタなら立てそうだなって……」

「お、名誉毀損と侮辱の症状か。法廷で会おうな」


 サミュエルは乾いた声で笑うと、ポケットから一枚の写真を取り出して放り投げた。火にくべられたそれには過去の自分が写っていて、ゆっくりと溶けゆく様はプログラムの完了を意味していた。


「少しコイツを借りていいですかね。主治医としての話があるんで」


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