神との再会、己が使命


 翌朝。晴れてザックのわがままと雑務から開放されたセヴォンは『雲隠』を脱し、澄んだ空気を吸う事となった。


「すみません、サミュエルを見ませんでしたか?とっととはじめて終わらせたいんですけど……」

「はい!えー、サミュ……サミュエル先生?ああ!伺ってますよ。お掛けになってお待ちください」


 こう言われたものだから、セヴォンはてっきりサミュエルが呼ばれるものと思って待っていた。ところが、奥から出てきたのはサミュエルのサの字も掠らないような善人──自身の衝動的な怒りによって祭壇から降ろされてしまった元・現人神だった。思わぬ形での再会に驚くセヴォンをよそに、ソーレはセヴォンを叱った。自身を掻っ攫った事についてではなく、セヴォンが数週間伏せてしまうほど無理をしていた事についてだった。お前が欠ければ悲しむ者がいる、自分の限界を見極めろ──どうやら、ソーレはセヴォンの自己管理能力の無さを非難しているようだった。他の『計画』参加者に怒鳴られるならまだしも、何故ソーレに怒られなければならないのだろう。自分が動けなくなる事の何がそんなに不都合なのだろうか──セヴォンは本気でそんな事を思っていたので、それも併せて怒られてしまった。


「でも……ありがとうございました。あの時は気丈に振る舞っていましたが、実を言うと神に戻るのは疲れるなと思っていたので……」


 説教が終わった後にそう零したソーレは少し申し訳なさそうだった。


「いえ、別に……そんな事より、あの人に何かされませんでしたか?」

「あの人?」

「サミュエルです。赤い腕の医者」

「──ああ、サミュエル先生ですか。特段何も……」


  ◇


「……聖コールリッジとは、『女神の奇跡』に登場する賢人の一人。この星のあらゆる生命を脅かす「死」という事象に抗い、その探求の成果を余さず女神に献上した。彼は生涯女神だけを愛した事から「貞潔」「不変」の象徴と再解釈される場合もあり、今日ではしばしば個人間のプロポーズや告白の場面で──」食前、ソーレは奇譚の小冊子を取り出してその一部を朗読しはじめた。「私、この『告白』という言葉が好きなんです。文字を学ぼうと思ったきっかけなので……」

の違いでしたっけ。また分からない言葉があったら聞いてください」

「ありがとうございます。では、冷めない内にいただきましょうか」


 通路で突っ立っていては邪魔だという事で、二人は昼食を摂る事にした。食事の最中、ソーレはセヴォンの「本当に何もされていないのか」という問いに、セヴォンはソーレの「此処は何処なのか」という問いに答えた。ソーレが言うには、二人はドゥグナから──即ち、此処・ワンダーシティ病院の内部にして来たそうで、その閉店間際の駆け込み客も甚だしい来院の仕方にサミュエルはキレまくっていたらしい。(なんて超常現象は当然、魔法によるものなので、更にサミュエルの機嫌を損ねる事になっていた。)


 セヴォンが力尽きて伏している間、サミュエルはこの現象を「瞬間」と「移動」に分けて考えていた。ソーレの意志が「瞬間」の部分──つまり、世界中の時を止める担当だったとすれば、セヴォンの意志は「移動」の部分──即ち、ソーレが止めた時の中で何処へ逃げるのかを決めていた事になる。その過程で不運にもウチが選ばれ、晴れて二人して此処へ来たのだろうと。──


「──コイツが許せば、貴方を解剖バラして色々解析したいんですがね。もしも元に戻せなかったら、今度こそぶっ殺されそうなんで……」セヴォンがザックに介抱されている間、サミュエルはソーレにそう言っていた。「なので、ください。俺はコイツの主治医なんですけど、「コイツがどう言う奴なのか」とか、「何考えてんのか」とかは昔から分かってなくて……こんな風に考えなしに動かれたのは初めての事なんですよ。貴方から見たコイツの印象と、貴方はコイツに何をしたのか。──全部聞かせてください。話はそれからです」


  ◇


「……なんて話したんですか?」

「そこまではお伝えできません。キギョウヒミツです。ふふ……」


 一方で、ソーレの問い──「此処は何処なのか」という疑問についてだが、これがなかなか難しい質問だった。セヴォンは「病院」という概念と女神信仰が蔓延ってからはすっかり形骸化した「医学」という言葉の本来の意味、「女神信仰から切り離された理性的な治療」について懸命に説明したが、何一つ信じてもらえなかった。幼少期に受けた教育の違いによる圧倒的な『壁』──このような壁が世界にごまんとあるのだから、暗殺計画も楽ではない。その日は午後から予定があるとかで話が終わってしまったが、セヴォンはソーレが国へ帰る前に必ずやこれらを説いてみせようと強く思った。(そうすることが、己の使命だとすら思った。)

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