祭りの後で

「シャチ?」ザックは心底意外そうに言った。「あの人にまでシャチ呼びされるなんて。いつか本当の名前を教えてあげなきゃ。僕にはザックって名前がちゃんとあるんだから、ちゃんと覚えてもらわないと……」

「お疲れ様。よく耐えたね。最後の方とかもう駄目かと思った」

「別に。あれくらい……」


「ぶっちゃけ危なかったわ」等と笑えないあたり、セヴォンもかなり参っているようだった。


「……僕が出ても良かったんだけど、先生がうるさくて。セヴォン、僕と同じくらい静かだからさ。セヴォンなら任せられるかなって……」

「……」

「今日はこっちで寝よう」ザックは珍しく饒舌だった。「ううん、こっちで寝て。本棟のベッドは柔らかいよ。あったかい紅茶もついてくるし、好きな時間に歩き回れる。──ねえ、いいよね?確か四〇八が空いてたでしょ。特別措置。例外。功労賞」


 ザックに縋られた職員は笑って答えた。


  いいも何も、我々に決定権はありませんよ。

  先生を縛ってるのは先生だけです。

  どうぞ、心のままに。

  どうぞ、ご自由に。──好きにしちゃってください。

  スリッパは要りますか?枕は二つ?絵本は?音楽は?……



  ◆


「親がいるってどういう気持ち?」

「分かんない。考えた事なかった」

「贅沢だね」

「そうだね」


  ◆


 話すのが怖いだけだ、とザックは零した。自分が知らないこと、知りたいと思うこと──例えば、目の前の子供は何故泣きじゃくるのか等を聞いてみると、周囲の大人達が困ってしまう。自身が持つ純粋な疑問は大人達にとっては邪魔で、とても迷惑なものだと分かってしまったから。彼は日を追うごとに無口になった。『一緒になって考える』というアプローチを誰からも受けなかったのだ。


 幸いなことに、そのアプローチは現人神ソーレの日課だった。彼は自然とザックを雄弁にさせていた。「まず『プログラムの続き』を終えろ」等と意地悪を働いたのは、やっと現れた話し相手がセヴォンに取られてしまうと思ったかららしい。ザックは毛布を口元に寄せてモゴモゴと謝ったが、セヴォンはとっくに許すつもりでいた。自身も話し相手になろうとしたセヴォンだったが、自分一人の主観に塗れた、無責任とも言える返答がザックの一部になってしまうと思うと、どうしたって返事が遅くなった。それでも、どうせ眠れないと言い張って相手をしていると、ザックは嬉しそうに笑ってこう口にした。


  夕暮れの空が赤いのは可視光線の散乱のせいだし、

  子供は受精卵が分裂した果てだけど。

  僕にそのまま伝えるのが酷いと思って、

  わざと違うように言ったでしょ。

  馬鹿みたい。もしかして、これがってやつ?


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